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3―2.右手が語る真実

 哭士の目が捉えた人物は、菊塵と蓼原だった。

「哭士、もう起きても良いのか」

 哭士の姿に気づいた菊塵が、声をかける。哭士は菊塵の言葉に一度頷いた。

 ふと、二人が一つの病室のプレートを見つめていたことに気づいた。

 病室のプレートには『柳瀬 フユ』の文字。

「俺から、フユの家族に話をしたんだ。フユは菊塵こいつの所為でこうなったわけじゃないってな」

 にわかには信じてもらえなかったらしい。だが、蓼原が既に狗鬼と籠女のことについて知っているということ。そして、蓼原がある事実を述べたことにより、菊塵の容疑は晴らされたという。


「ある事実?」

 哭士が問う。その言葉に、蓼原は静かに頷いた。

「彼女の右手だ」

 そう言って、蓼原は病室の扉をゆっくりと開く。


 菊塵から唾を飲み込む音が僅かに届く。平静を装ってはいるが、数年ぶりの交際相手との面会には、流石の菊塵も緊張を覚えるらしい。

「……」

 扉が開ききると、菊塵は静かに病室へ足を踏み入れた。

 等間隔で心音を告げる電子音が鳴っている。そして、小さな呼吸の音。

「フユ……」

 室内はさほど広くは無い。部屋の中心にベッドが一つ。ベッドに寝かされている人物が、ドアに足を向ける状態で配置されている。

 部屋の中に窓は一つ。カーテンは締め切られ、部屋の中は薄暗い。

 哭士が部屋の中を見渡している間に、菊塵はフユの傍らにたどり着いた。


「あの日から、こうしてずっと眠り続けている」

 蓼原が、菊塵に言い放つ。フユの肌は透き通るほど青白い。だが、呼吸器などは無くとも、自力で呼吸をし、小さく胸が上下している。暫くすれば、ゆっくりと瞼を開き、起き上がりそうな錯覚を覚える。

「曽根越……」

 静かにフユを見つめている菊塵に、蓼原は神妙な面持ちで声をかける。

 蓼原の様子に、菊塵はふい、と顔を上げる。

「……よく眠る方でしたから……。いずれ、何事も無かったように目を覚ましますよ」

 菊塵の浮かべている表情は、普段よりも僅かに和らいでいるようだった。

 視線をフユに戻す菊塵。菊塵の視線の先には、しっかりと握られているフユの右手があった。

「約束も、守ってくれているようですし……」

 一つ頷くと、菊塵は病室の入り口へと足を向けた。

「おい、もう、いいのか」

「えぇ。顔を見れただけで、十分です」

 引きとめようとする蓼原の声を軽くいなし、菊塵は颯爽と病室を後にした。


「数年越しの対面だってのに……」

 首をかしげながら、蓼原は頭を掻いた。

「あの右手」

 哭士が蓼原を見、呟く様に口を開く。

「ん?」

「あの右手……。何かを握っているな」

 哭士が、フユの握り締められた右手に視線をよこしている。

「菊塵の狗石か」 

 その言葉に、蓼原は一つ頷いた。


 


「そーなんだよー」

 入り口から、安穏とした声が響き渡る。振り返ると、白衣を羽織った桐生が入り口に立っていた。

「……」

 背後に立たれていた筈なのに、気配を感じることが無かった事に、哭士は僅かに驚いた表情を見せる。

「彼女の右手ね、こじ開けようとしても、頑なに閉ざされたままでねぇ。弛緩剤を打っても、右手だけはがっちり握って離さないの」

 ニコニコとしながら、桐生はゆっくりとフユの病室に入り込んできた。

「それで、どーしても気になったからレントゲンを取ってみたんだよねぇ」

 ふい、と哭士の顔を見、桐生は普段の笑みを絶やさない。

「そしたらビックリ、握っているのは誰かの狗石。今まで誰の狗石か、分からなかったんだよねぇ」

「そして先日、俺が、その狗石が誰のものかを桐生医師に伝えた。曽根越が自ら話した、あの事件の真相と共に……」

 蓼原が、桐生の言葉に続いて口を開く。

「これで、菊塵君が彼女を殺そうとしたという疑いが晴れた。彼女が菊塵君の狗石を持っていた事、そして菊塵君かれとフユさんの能力を考えれば、現場で何が起きたのか容易に想像がつくもの」

 どこか楽しげに、桐生は何度か頷く。その様子とは対照的に蓼原の表情は冴えない。

「……フユの母親は、まだその事実を認められないようだがな」

「自分の子が、交際相手の狗石を使って自ら命を絶とうとしたなんて、そんなこと考えたくないだろうからねぇ」

 桐生は腕を組んで、フユの傍らの機材に手を置く。表示されている数値を確認し、問題なし、と一人呟いた。その後、桐生はゆっくりと顔を持ち上げ、哭士に向き直った。

「あぁ、哭士君。君は暫く、無理な行動は起こさないでおくれよ。君の心臓、鉄屑が掠めていたんだからね」

 病室を出ようとした哭士の背中に掛けられた桐生の言葉。胸の傷跡が疼く。

「君が生きていたのは、奇跡としか言いようが無いんだよ。君が色把さんを抱きとめていたから、色把さんの頬から流れる血が、ちょうど君の胸の傷に入り込んでいたの。そうじゃなかったら、君はここには立っていなかったんだからね」

「……」

 哭士は、桐生の言葉に、小さく一度だけ頷く事しか出来なかった。


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