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2―2.忘れ物

「……ど、どういう事ですか?」

 会社に着き、受付に父の友人との面会を依頼したが、返答する受付嬢の言葉に苑司は耳を疑った。

「……ですので、社長の結城啓二に取次ぎはできかねます」

 困ったような表情を浮かべ、受付嬢は苑司に説明する。

「取り次げないって、な、何でですか?」

「お答えできかねます」

 受付嬢は首を振る。



――えぇー……

 苑司の足元がふらつく。父の友人に会って、アパートの鍵を受け取る。夜にはアパートに着いている。これが、苑司宛に出された手紙での手順だった。ここで結城に会うことが出来なければ……。

――つまり、今日から僕の住む家が……無い?

 それは困るのだ。家族は既に海外に旅立ち、自宅は引き払ってある。遠方に来ているため友人に頼れそうにもない。唯一、この会社の社長、結城 啓二が頼りなのだ。


「こ……! 困ります! 僕、どうしても結城さんに会わないと! ほら、手紙にもこうやって面会する事に……! 何か、アパートの鍵とか、そういうのは預かってないんでしょうか!?」

 苑司がカウンターに乗り出す。

「……申し訳ございませんが、お答え出来かねます。どうかお引取りを」

 取り付くしまも無かった。



 丁寧にお断りされ、打ちのめされたまま、苑司はアービュータスビルを後にした。もう外は日が落ち込み、薄暗くなっている。

「……事前に、ちゃんと連絡を取っておけばよかった……」

 相手が大きな会社をまとめている社長という事もあり、自分から連絡を取る事に気後れしていた。手紙で、アパートの鍵の受け渡し場所、時間が伝えられていた事に、安心しきってしまっていたのだ。

「……今日はどこかに泊まるとして……これからどうしよう……」

 手元にまとまったお金はあるとしても、金額としてはホテルに数日宿泊できる程度である。

 親から仕送りはしてもらえる事になっているが、仕送りまでにかなりの日数がある。ホテルに何度も泊まってしまえば、勿論、所持金はすぐに底をついてしまう。

「……」

 思考をめぐらすも、自分の行く先に希望を見出せず、苑司は途方に暮れた。



「あれ……?」

 ビルから少し歩いたところで、ふと気づく。

 バックが、ボストンバックが、無い。頭の中が真っ白になる。

――落ち着け、落ち着くんだ

 昔からそそっかしい苑司は、自分に言い聞かせる。順に自分の行動を思い返す。電車から駅に降りた時は確かにあった。駅からバスに乗ったときも、膝の上においていたのを覚えている。ビル内では、カウンターの受付に話をしているときに、床に置いた。

「ビルだ!」



 慌ててビルにとんぼ返りする。

 受付嬢は、再びの来訪者に目を見開いた。が、苑司はそれどころではない。

 受付カウンターの前には、カバンらしきものは見当たらない。

「あのっ! ここに置いてあったボストンバックがあったハズなんですけど!? 紺色の、白のロゴが入っているバックが!」

 床を指し、ボストンバックの在り処を尋ねる。カウンターに乗り出し、もう苑司の足は床に付いていない。

「いえ……あの……?」

 困惑している受付嬢の表情に、苑司はここまで来て少し冷静さを取り戻す。苑司のカバンは床に置いていれば、受付嬢からは見えないはずである。

「し……失礼、しました」




「もしかして、これの事かい?」

 中年の女性の声がする。苑司は勢い良く振り返ると、背後には、清掃会社の格好をした中年の女性が立っていた。左手にはモップとバケツ。右手には……

「そ! ……それです!」

 間違いなく、自分が持ってきていたボストンバックだった。

 苑司は、安堵の表情を浮かべる。

「これねぇ、トイレのゴミ箱の上に置いてあったのよ。いらないんだと思って、持って来ちゃったんだけど。良かったわね、見つかって」

「……トイレ、のゴミ箱、ですか?」

 はて、自分はこのビルのトイレなど利用していない。嫌な予感が、苑司の脳裏をよぎる。

 ボストンバックを受け取り、中を覗き込む。

「……無い」

 すぐさま異変に気づく。

「財布が……! お金の入った封筒も……!」

 財布から始まり、親から預かっていた大金の入った封筒、携帯、ゲーム機まで、金目の物が全て無くなっていた。残っているのは、着替えくらいの物だった。完全に盗難である。

 再び苑司は絶望の淵に立たされた。周囲の雑音が消えて行く。スカスカになってしまったボストンバックの感触だけが苑司に重い現実を突きつけていた。

 清掃婦がなにやら慰めの言葉をかけていたが、苑司の耳には届かなかった。



失踪している社長、「結城啓二」は第一話で哭士が捕らえた男です。 話題には出るものの、出番は一回こっきりだったので……念のため(笑)

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