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1―32.深夜の訪問者

 ふくろうだろうか、不気味な鳴き声が遠くから風に乗って屋敷に届く。本家の中は明かりが消され、月明かりがやけに明るい。青白い光が障子を通り、部屋内を照らしている。



「!!」

 突然冷たい水が額の上に落ちてきて、哭士は布団から跳ね起きた。雨漏りかとも思ったが、外は雨が降っている様子も無く、続いて雫が落ちてくる気配も無かった。不思議に思いつつ、携帯で時間を確認すると、夜中の一時。三時間眠っていた。

「哭士……」

 自分を呼ぶ男の声。庭の外から聞こえる。

 どこかで一度聞いたことのある声。だが顔が思い出せない。いぶかしげに哭士はそろそろと襖を開く。




 庭には妙な男が一人立っていた。男の足元には、見張り番である三匹の犬が大人しく従っていた。

 哭士が部屋の出口に近づく動きをしても、吠える気配はない。

「大丈夫です。この犬達はもう貴方を見て騒ぎ立てる事はしません」

 男は、庭に出てくるように哭士を促した。部屋から出で、男に近づく。そこで男の妙な特徴に気づく。

 やさしげな顔、その両の目の色が左右で違っている。服装はいたって普通の格好をしている為、余計にその奇異な姿態したいが目立った。

「貴方に会うのは二度目ですね、哭士。あの時は仕方が無いとはいえ、苦しい思いをさせて申し訳ありませんでした」

 哭士はこの男を思い出した。色把と共に比良野家の屋敷に行った時、色把と同じ姿をした少女と共に現れた男だ。

 この男が、襲い掛かった少女から色把を庇い助けたのだ。その時居合わせていた哭士は眩暈めまいに襲われ、声は聞いていたものの、男の顔を見ることは出来ていなかったのだ。

「あのときの眩暈はお前が引き起こしたものだというのか」

「はい。私は貴方の体内の水を操り、体の自由を封じました」

 男は頷く。

「お前は何者だ。何故俺の名を知っている」

 あのときもそうだった。――哭士を、助けてください。確かに男は言っていた。

「私は、以前、この本家で暮らしていた狗鬼です。貴方の事は、その時……いえ、それ以前から存じ上げていました。この犬達も、私が飼っていたもの。私のことを覚えていたようです」

 三匹の犬を撫で、柔和にゅうわな態度を崩さない男。




「哭士、これを」

 と、男が哭士に向かって小さな何かを放って来た。哭士は、咄嗟とっさにそれを受け止めた。手に伝わる温かい感触。

「……これは」

「当主の部屋から、持ち出してきました。貴方の狗石です」

 一度も手に触れた事がなかったが、手に持っている感触で分かる。確かにこれは自分の狗石だ。男の口元は静かに微笑んでいる。その表情からは男の心情は読み取れない。

「お前……」

 口を開きかけた哭士を、男が手でせいする。男は真っ直ぐ哭士を見据えた。

「お話したい事があります。付いて来て頂けますか」

 狗石を握り、哭士は男の言葉に頷いた。




 軽々と屋根に飛び上がる男。

 屋敷の屋根の一番高いところまで哭士を誘導する。哭士も男に続いて、屋根の上に飛び乗った。

 男は、遠くを見つめている。哭士も男に並び、目線の先を確かめた。

「あそこに、比良野 色把さんがいます」

 遠くに見える、屋敷の建物から離れた小さな堂を指し、男は言う。そして、僅かの間考え込んだ後に、意外な質問を哭士に投げかけた。





「哭士、貴方は何故、籠女や狗鬼が存在するか、考えた事はありますか?」

「……いや」

 思いもよらない質問に、意表をつかれた哭士は、素直に首を横に振った。

「それが、ある一つの存在の意思で展開しているものだとしたら? 私達、狗鬼が必死に足掻いてきた人生全てがその、一つの存在、【神】の手の平の上の出来事だとしたら、貴方はどう思いますか?」

 男の抽象的な言葉に、眉をひそめる哭士。男の顔は哀しげな表情を浮かべていた。

「本家は【神】に操られている傀儡かいらいにすぎません。いわば、私達狗鬼や籠女は、本家を通してその【神】に弄ばれているようなもの、なのです」

 皆、それに気づいていない、と男は小さな声で続けた。

「何なんだ、その【神】とは」

「人ではない物、それ以上は私からは言えません。ただ一つはっきりとしているのは、このままでは、比良野色把、彼女そのものの存在が消失してしまう事」

「どういう事だ」

「彼女はこの後、ある場所へと運ばれ、【神】と一つになるのです……貴方を、救うことになると信じて」

「何……!?」

 信じられない言葉の数々に、言葉を失う哭士。


 ここで男は、真っ直ぐ哭士へと向き直り、姿勢を正した。

「まさに、私たちが立っているこの屋根の下。貴方が屋敷に到着する前に、比良野色把と、当主、黒古志カナエが『ある』協約を交わしたのです」

 そして男は話し始めた。



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