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1―19.探し物

 屋敷は、先ほどの招かれざる来客で妙にざわついているように思えた。何とか落ち着いた色把は自室に戻る為、廊下を進んでいると、珍しく静かに歩いているマキと出会った。

「あら、色把さん、哭士さんの手当てはもうよろしくて?」

 先ほどの事を思い出し、胸がずきりと痛む。が、気持ちを押し隠し、色把はマキに頷いた。

 マキは色把の唇が読めない為、必然的にマキの問いに、色把が可否どちらかを答える形になる。マキは良く喋る為、特にこの会話方法を不便に感じてはいないようだ。



「それにしても、哭士さんが床を壊すなんて久しぶりだったわねぇ」

 床を殴り抜いたあとに失神してしまった哭士を、色把とマキ、そしてまだ屋敷に残っていた桐生きりゅうで別室に運んだ。壊れた床を見ても、「あらあら、お元気ねぇ」で、終わらせてしまうマキもかなりの大物だと色把は感心していた。哭士が人並み以上の力を発揮する事に関しては、マキは驚いていないようだ。

克彦かつひこって人、嫌ァーな感じの人でしょぉ? あの人、哭士さんのお父さん、早池峰はやちね宗一郎そういちろうさんの弟なのよ。でもね、あの人は宗一郎さんとは血が繋がってないんですって! 早池峰家とは言ってしまえば他人よ、他人。そんな人が、ウチに因縁つけてお金貰いに来るんだから、腹立たしいったらありゃしないわよ」

 マキは一人で憤慨している。なんとも複雑な家庭内部に、少々色把は混乱していた。マキの文句は色把に構わず続く。




「それに哭士さんが、ご両親を殺したなんて、そんなの嘘っぱちですよ。生まれたばかりの赤ちゃんが、そんな事出来るわけありませんもの。私はその時はこちらの屋敷には勤めてなかったんですけどね、きっとお母様は出産後に体調を崩されて、とか、お父様だって別の理由で亡くなったに違いないんだわ。旦那様もなんだってあんな人にお金を払い続けるのかしら」

 ぷりぷりと怒っているマキ。と、色把の背後に視線をやり、またもや心底嫌そうな表情を浮かべる。




「色把さん! ここで立ち話も何なので、お茶でも飲みましょう! さ、早く!」

 突然色把の腕を掴み、いそいそとその場を離れようとするマキ。

「はは、大層嫌われたもんだ」

 色把の背後には、菊塵を後ろに従えた克彦が立っていた。色把も、先ほどの様子を目の当たりにし、あまり関わりたくはなかった。

 マキなどは、不快感を隠しもせず、口をへの字にして克彦を睨んでいる。

「色把ちゃん……か、いいね、哭士あいつの女にしておくのは勿体無い」

 そろそろと近寄り、色把の肩に手を回す。克彦の身体には煙草のヤニと、酒の臭いが染み付いていて、胸の奥に不快感が広がる。だが、自分がこの男に反抗でもして、また何か問題があれば困る。色把はじっと我慢し、身体を縮こまらせた。




「おっと」

 ふいに逆の方向へとそっと肩を引かれる、色把は音もなく現れた菊塵の近くに寄せられた。

「色把さんは、わが一族としても大切な客人ですので、どうかご勘弁を」

「……なんだ、俺は大事な客じゃないってぇのか?」

 ふてぶてしい笑みで菊塵に食って掛かる克彦。

「いいえ、そう言ったわけではありませんよ。飽きもせず幾度も『石』を探しにいらっしゃる克彦様も、大切なお客人です」

「……!」

 菊塵が嫌味に言い放った言葉の『石』という単語に、僅かな動揺を見せた。

「……生意気な糞餓鬼が」

「お褒めに預かり光栄です」

「今日はもう帰る。また来るからな!」

 急に不機嫌になったかと思うと、克彦はそのまま玄関に向かって消えた。





「すいませんね、びっくりしたでしょう?」

 克彦が触った場所をわざとらしく払う菊塵。

「あの男、何とかならないンですか? 私はもう、あの人が来るのが嫌で嫌で……!」

 克彦が去る最後の最後まで睨んでいたマキが菊塵に訴える。

「もう少し、我慢戴けませんか? こちらとしても、長期間ただ黙って金銭を渡してきたわけではありませんから」

 菊塵の考えは、色把には到底及ぶところではない。マキはまだ克彦に不満を抱いていたようだったが、取り敢えずは納得した様子を見せた。色把とお茶を飲む約束を取りつけ、家政の仕事に戻っていった。





「どうでした?契約は」

 菊塵が色把に問う。その問いに、色把は言葉が詰まる。

「……そうですか。貴女でも、無理でしたか」

 菊塵の目は何もかも見透かすような深い色をしている。色把は俯き、素直に頷いた。

「ありがとうございました。また、別の道を探してみますよ」

 優しく微笑む菊塵。

「さて、邪魔者も帰りましたし、あとは哭士が回復するのを待ちましょう」

 邪魔者、とはやはり先ほどの烏沼克彦の事を指している。

『あの人の目的は、お金だけではないのですか?』

 先ほどの会話で、『石』という単語が聞こえた。

「えぇ、この屋敷内にある、『哭士の一部』を探して、ああして執拗に屋敷にやって来ているのです」

『彼……の』

「まあ、これもまたいずれ」

 口元に笑みを浮かべ、色把の先を歩き出した。

 歩む菊塵にもう一度『哭士の一部』について聞いてみたが、はぐらかされ、結局聞き出すことはできなかった。



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