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5―28.穢れた器

 レキの纏う空気が変わる。

 廃工場で感じた空気よりも、格段に重く、そして殺気が見えるほど濃い。

「……俺がいく」

 クオウは、哭士達に言い放った。

 この場で、レキに互角に立ち掛かれるのはクオウしかいなかった。




 レキとクオウの間の空気が張り詰めた、その時だった。




 ぐじゅ、と不快な音が鳴り響く。




「!!」

 その場に立つ者すべてが、音の方向へ視線を投げた。



 黒い塊が、克彦から抜け出ていた。



 黒い靄を湧き上がらせながら、数度目玉を瞬かせて、ぐるりと動かす。

 靄が上がるたび、影は小さくなっていく。

 目玉がせわしなく動き始めた。器を、求めている。



「……何故だ……! 早すぎる……!」

 影が出てくるまでの間に、哭士たちを始末するつもりだったのだろう。

 レキの表情に驚愕と焦りの色が浮かび上がる。




「あれなら、もう潰せる……!」

 クオウが影へと飛び掛ろうと身を屈めた。

「おい……止せ!」

 叫び、クオウを制止したのはユーリだった。

 ちらりとユーリの目は怯えを孕み、克彦の残骸へと向けられた。

 克彦は直視が出来ぬほど、人の姿をとどめていなかった。

 だが、塊が、何かに引きずられる様に動く。

「……!」

 クオウは気づいてしまった。そのような姿になってもなお、まだ克彦は生きていた。

 ずるずると蛞蝓なめくじのように這い、かつて口だった場所から意味の無い言葉が羅列される。

 【神】が抜けても、不死の力は克彦に宿り続ける。人の形を失っても、生き続けるのだ。



 クオウは、そのさまに戦慄した。








 あの【神】から出でた影を滅してしまえば、全てが解決する。

 だが、影の力を継ぐレキは、影を傷つけることは出来ない。

 影に触れれば、克彦と同じ道をたどるだろう。

 



 だが、影はもう既に器を見つけている。

 歓喜の声を上げ、影は身体をざわざわと沸きあがらせた。

 体の形が変わる。複数足の生えた、虫のような姿だった。

 影は既に、取那に照準を合わせている。





 【神】か、レキか、羊たちか。

 生きるため、そして死ぬために、長い長い時を掛けた連関が、あと僅かな時間で、形になろうとしている。

 







「――!」

 影が進む。生き延びるために。

 レキが動く。器を壊すために。

 レキの動作についていけるのはクオウだけだった。取那の名を叫び、同時にクオウがレキに続いて駆けた。

 取那を救い出すために。






 氷や空気の壁が影の径路を塞ぐ。光る反射の壁も、影はそれらを容易くすり抜ける。

 クオウがレキへと踊りかかる。レキはクオウの身体を引き剥がし、一直線に取那へと駆けた。

 真っ赤に燃え盛るクオウの目、レキに負わされたわき腹の傷口は、着ている衣服を赤黒く染め上げている。

 怪我など負っていないかのように、クオウはレキへと組み付いた。

「!!」

 するり、とレキの身体が縮む。

 レキは身体の大きさを変え、クオウの腕をすり抜けたのだ。

 


「やらせは……しない!」

 クオウはレキを追うのを止めた。

 息を大きく吸い、全精力をかけ、レキへとありったけの水をぶつける。

 友禅の思いを代弁するかのようだった。

 レキと影に対してだけ放たれた洪水は、小さなレキの身体と影に凄まじい勢いで叩き付けられた。

 壁に叩きつけられるレキ。

 だが、




 影は取那へと到達していた。






「何故……!」

 影は狗鬼の能力に干渉されないのだろう。

 クオウは一気に放った能力の反動で膝から崩れた。




 もう、影と取那の間を塞ぐものは何も無い。

「……! 嫌だ……! 嫌だ……!!」

 ようやく搾り出すことの出来た金切り声にも似た取那の声。

「畜生……!」

 ここから駆けても間に合わない。だが、ユーリと菊塵は同時に地面を蹴った。








 だが、影は取那へと入り込もうとしなかった。

 影は悲鳴を上げ、取那の前から身を翻した。




「……なんだ……?」

 異常を菊塵も感じたらしい。

 影は耳障りな高音を身体から発している。

 何かを嫌っているような、そんな様子だった。

「まさか……! 狗鬼クオウの血……!」

 取那は、クオウの血をその身に浴びていた。赤黒く染みた取那の衣服に声を上げたのはユーリだった。










――【神】は狗鬼を嫌う



 ふと、哭士の脳内に、狗鬼を寄せ付けぬ呪布が浮かんだ。【神】に差し出す贄を、呪布が巻かれた箱に閉じ込める。狗鬼から遠ざけるために。

 【神】から生まれ出る影鬼を狩る存在。【神】にとって汚らわしく、障碍となるもの。それが狗鬼なのだ。



 そんな者の血、それも力の強い者の血が器にかけられているのだ。入り込めないでいるのだろう。

 そうしているうちに、影は少しずつ小さくなっていく。






 影は焦っていた。

 目の前の器に入れぬまま、どんどんと弱っていく。

 目玉の光も、徐々に弱まり、影の体の黒色は薄くなりだしていた。



 その目玉が、ぴたりと、止まった。




――見 ツ   ケ タ




 影は声を発していない。だが、確かにその場に居る者の脳内に不気味な声が反響した。

 どこにその力を残していたのかと思うほど、太く強い腕が小さな影から噴き出した。

 うねり、暴れながらその腕は、その場に居た誰もが捉えれぬほどの速さで伸びていく。




 腕の先には――色把。




「最後の足掻きか……!」

 レキも突然の影の動きに反応が出来なかったようだ。

 目を剥き、唖然と影の動向を見つめる。





 水分を含んだ、不快な音が色把へと向かっていく。




 だが、影が捕らえたのは、器と同じ姿をしたものではなかった。







「哭士……!」

 菊塵の口から漏れる、相棒の名前。



 哭士は、影と色把の間に身体をねじ込んでいた。

 枝分かれした腕の先は、哭士の身体に食い込んでいる。


「馬鹿な……!」

 レキが吐き捨てる。

 資格無きものが【神】を体内に入れれば、終わりなき凄惨な末路が待っている。

 克彦を目の当たりにし、それでも哭士は受け止めたのだ。



 色把を器とさせぬために。




 身体を貫く黒い腕、哭士は苦痛に顔を歪ませている。

「色把……に、……触るな……!」

 哭士は影を離さない。のたうち、それでも色把へ腕を伸ばす影。

 だがもう、影の身体はほとんど透き通り始めていた。影の最後の瞬間が近づいていた。


「……もしかしたら、このまま奴は消えるんじゃ……」

 ユーリが呟くように言い放った、その時だった。




「……!!」

 哭士の動きが突如止まる。

 影を離し、胸をひくつかせる。

 






 ずるり、と哭士の胸の傷から影が入り込んだのは、次の瞬間の事だった。




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