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5―27.嘯く羊



 クオウの言葉に、レキは攻撃の手を止めていた。

「そう、貴方の言うとおりだ」

 右手を自身の顔に持っていく。そのまま爪を思い切り突きたて、下に引き下げた。

 鮮血が舞う。

 皮膚が引きちぎれた顔面は、たちまちのうちに治癒していく。

「死なないのではない。そうだ。『死ぬことが出来ない』のだ」

 狂気に満ちた笑みがレキの顔に浮かぶ。





「私が『アレ』の血を身体に受け、何百年経ったことか。自身の歳も忘れ、一人でこの地をさまよい、いつ終わるとも知れぬ恒久の時を過ごす恐ろしさなど、お前たちには分かるまい」

 レキの身体が成長する。余っていたシャツに身体が合ってゆく。

「かつて愛したものはすべて私を置いて年老い死にゆく。……もう、何を見ても、何をしても心は揺り動かされない。人の心は川を流される石のように、やがて摩耗し薄れゆく。『私』が磨り減っているのだ」

 青年に成り代わったレキが自身の胸を掴む。

「だが、『私』というものが全て消えてもこの身体は生き続けるだろう。そうなった時、この身体を動かすものは何だ……貴様に答えられるか」

 クオウはじっとレキを見上げている。

「私はそれが恐ろしい。唯一の残ったこの恐怖が、『私』を動かし続けている。『私』が消える前に全てを終わらせなければならない」

 レキが頭を振り、そしてクオウを見据えた。





 その時だった。



 バシャン、と水のはじける音が聞こえた。

 苦しみ、空気を求めのたくり回っていた克彦の水が、突如解除されたのだ。

「!?」

 クオウの意思ではないらしい。

 驚愕の表情を克彦に向けている。


 だが、それも克彦の意思では無いようだった。

 克彦は我武者羅に呼吸を繰り返し、肺に酸素を取り込んでいた。




 その克彦の指先に、異変が起きた。

「何だ……これ……は!」

 濡れた気管でゼロゼロと鳴る喉。克彦は震える自分の手を見つめた。

 腐乱した果実のように、指先が黒く、そしてぐずりと崩れていた。


「……もう、始まってしまったか。……早すぎる」

 冷静に見据えるレキに、恐慌に陥った克彦が叫ぶ。

「おい……! レキ……! これは何だ……! 一体、どうなってやがる……!」

 顔の痣がぐずぐずと溶け、そこから黒い靄があふれ出す。

「身体が、解けて……!」

 両手から黒い靄が蒸散していく。克彦は意味を成さない叫び声を上げ続けていた。




「……只のヒト風情に【神】の資格はありません。貴方は古い器から神を引きずり出すために使った偽の器ですよ」

 克彦の悲鳴が響く中、レキの低い声は妙に空間へ響き渡った。


「……こんなまどろっこしい事しねえで、てめぇ一人で【神】を壊しゃ、良かっただろうがよ……!」

 よろよろと立ち上がったユーリが、レキを見据えていた。

 ゆっくりとユーリに振り向くレキ。

「何度も試しましたよ。だが……私は『アレ』の一部だ。抗うことなど出来なかった」

 レキの目が細められた。刃物を当てられたような、ぞっとした冷たさが背中を伝った。

「だから、待ち続けた。【神】の力を欲し、【神】の殻を割る者を……」

 レキの視線が、克彦へと戻る。克彦に広がる黒い腐敗は、腕から肩へと広がっていた。

「そして漸く現れたのです。それが、克彦様でした」

 壊れた玩具のように、克彦はわめき続けている。




「そして、最後の仕上げです。【神】から出てきた『アレ』が、次の器に入る前に……器を壊す」

 溶け出す克彦の身体から、黒い液体が染み出す。

 その中に、また、弱弱しい黒い塊が姿を現そうとしていた。周囲には、影鬼までもが生まれている。

 克彦の様を見、戦慄していたクオウがレキの言葉にハッとする。

「取那さん!!」

 既にレキの足は取那へと向いている。クオウはレキへ体ごとぶつかった。

 レキがよろける。クオウへと視線を寄越すも、それでもレキは足を止めない。



 自身の怪我を省みず、漸く動けるようになったユーリが立ちはだかる。

「……他に方法は無えのかよ……!」

 ユーリが吠え立てる。だが、レキは眉ひとつ動かさない。



 静かに口を開いた。

「そんなものがあったら、とっくにやっている」

 レキの年齢がまた変わる。三十代程の大人へと変わった。

「……出てきた『アレ』は、どうにかして器の体内に潜ろうとするだろう。さすれば、また私は『アレ』と、時を同じく過ごさねばならない。次は百年か、二百年か」

 レキは足を止めた。克彦からあふれ出た影鬼を踏み潰す。

 影鬼は黒い靄となって霧散した。



「……見よ、この影鬼達を。血を得なければ生きられぬ弱弱しい生き物だ。だが、母体である『アレ』は私の姉の身体を媒体に生きながらえた。そして、寿命だけは矢鱈に長いこの生き物は、ヒトという羊を狩りだした」

 だが、とレキは続ける。

「狩られてばかりの立場だった羊たちは、新たな羊を生んだ。その毛皮の下に牙を持つ、嘯く羊共を」





 克彦の悲鳴が止んだ。

 黒い生き物は、もう半分以上、克彦の体からあふれている。爛々と光る目玉は、取那をまっすぐ見据えていた。





 レキはそれに見向きもしない。まっすぐに哭士を見据えた。





「来い、羊ども。お前たちを全て屠り、私も後から追おう」






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