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5―25.水の力

「死ぬほど毛嫌いしていた伯父にこうも痛めつけられる気分はどうだ? 駄犬」

 呼気に雑音が混じる。喘ぐように息を吸った。

 菊塵は既に動かない。辛うじて生きてはいるようだった。だが、時間の問題かもしれない。

 視線を動かすと、長身の金髪頭も土ぼこりにまみれ、地へと沈んでいた。

 ここからでは、表情が読み取れない。



――色把は



 祭壇へと目を向けた、その時だった。


 襟首をつかまれ、持ち上げられる。

「そういや、お前の兄貴、死んだのか」

 軽々しい口調。哭士の神経がざわめく。

「あいつも気に入らなかった。だからよ、男女おとこおんなの当主に出生の秘密を語っていたときは、笑いが止まらなかったよ。失脚させるチャンスだってな」

 友禅の秘事を本家へ漏らしたのはカナエではなかった。

 すべて、この男の仕業であったのだ。


 もう、力で適わないことは嫌というほど思い知らされた。

 それでも哭士は克彦を睨み付けた。その様子に克彦は鼻で笑う。

「……つまらんね。気が強いのは母親譲りか」

 突如として離される克彦の手、哭士の身体は糸の切れた傀儡のように崩れ落ちた。







「それで? あの嬢ちゃんはどうするんだ?」

 岩に沈んで動かない若者達を一瞥し、克彦はレキに問いかけた。



「殺します」



 何の感情も含まない平坦な声でレキは答えた。

 身体が動かない。指の動かし方すら、身体が忘れている。

「何だよ、勿体ねぇ。かなりの上物だぞ」

「私には、私の目的がありますので」

 克彦は鼻を鳴らした。

「もう一人もか」

「そうです」

 ついに克彦が舌打ちをする。

「じゃあ俺にヤる事は無ェや。ここで、俺は退散しますかね。後片付け、頼んだぜ……っと」

 哭士の背を踏みつけ、克彦が去っていく。手を伸ばすも、遅かった。

 小さくなる背中に声も出せない。





 じゃり、じゃりと軽い足音だけが響く。

 レキのものだ。

 足音は、哭士の前で止まった。

「【神】と呼ばれたものは、貴方のことなど恐れてはいませんよ」

 静かに、レキは言葉をつむぐ。

「ただ、『アレ』は生きているだけ。我々は『アレ』の副産物でしかない」

 最早、身体のどこが痛んでいるのかも分からない。ほぼ全ての感覚が鈍くなっている。だが、聴覚だけが、いやにはっきりとしていた。

「『アレ』が姉の姿を借り、声を借り、ヒトの真似をしたに過ぎない。お前の母親に行った予言など、唯の空言だ」

 レキの言葉を遮るように、遠くからオイ、と声がかけられた。





「いいもの、見つけたぜ」

 去っていった克彦が洞の奥から再び姿を現した。

「鼠が隠れていやがった」



 苑司と取那だった。苑司は既に気を失っている。襟首を掴まれたまま、引きずられている。

 能力の過度な使用により疲弊している苑司と、友禅の死を受け入れられない取那は、途中で置いてきていたはずだった。

 苑司の頬が腫れ、体中がボロボロになっているところを見ると、抵抗をしたらしかった。

 取那は魂が抜けたように、目は虚ろに、克彦に腕を引かれるままふらふらと足を進めている。


「ありがとうございます。手間が省けました」

 レキの言葉と同時に、苑司の身体が地面へと落とされる。投げ出される腕に力は無い。





「時間がありません。早速、器を壊します」

 レキの目が、座り込んでいる取那へと向けられた。

 そのままレキは哭士の前を通り過ぎ、取那の前へと立ちはだかった。

 だが、取那はレキの姿を瞳に映そうともしない。ただ開かれた眼が、鈍い色を放っているだけだった。

「器として生まれたことを恨む事です」

 そんな取那の様子を気にも留めず、レキは取那の首に手をかけた。







 レキの手を、何かが掠めた。赤色が散る。

 取那の首から、レキの手が離された。

 ほぼ同時に、哭士たちの居る空間に雨が降り注ぎ始める。

 雨は、優しく狗鬼達を叩き、遠のいた意識を呼び起こした。


「……水……?」

 取那の口が小さく動く。

「友禅……?」




 光を失っていた取那の目が、ゆっくりと見開かれた。

 周囲を見渡し、の姿を探す。


「誰が来ようと、貴女にはもう関係の無いことです」

 再びレキの手が取那へと向けられた。






 レキと、取那の間に人影が滑り込んだのは、次の瞬間だった。






      ※





 取那の顔に、身体に、生暖かい飛沫がかかる。

「うっ……」

 くぐもった苦しげな声。取那は目の前の人物を捉えた。



 小さな背中、柔らかい髪。

 思いを馳せた人物とは違っていた。





 だが





 ポタリ、ポタリと取那の前に、赤い染みが広がっていく。

 レキの手が、クオウのわき腹を抉っていた。

「友兄が言ったんだ……あなたを、頼むって……」

 振り向いた背中越しにかけられる言葉と、向けられる瞳。取那の心中に、懐かしいものが広がる。

「……大丈夫」

 安心させるように、クオウが笑う。



「……」

 取那は小さく息を呑んだ。

 何故、この人物に、『あの人』を感じるのか。

 取那には、分からなかった。









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