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5―24.神の力と狗鬼

「克彦……!」

 哭士の父母の死を唯一人知る叔父、克彦。



 哭士たちがたどり着いたときには、既に克彦が黒いモノを取り込んだ後であった。

 吐き出す、ふーっという息が、連続的に克彦から漏れる。

 克彦が身体を持ち上げた。


 ただ、それだけの事なのに、哭士の背後に控えていたユーリと菊塵が身をこわばらせたのを感じ取った。



 克彦の姿は、何も変わっていない。

 それでも、明らかに違う。

 早池峰家で相対した時とも、本家で哭士をあざ笑った時とも違う。

 絶大な力が、克彦に宿っている。

「よお、ようやくお出ましか」

 哭士たちの姿を見、克彦は余裕に満ちた笑みを浮かべた。

 黒い液体の真ん中に立っていた克彦は、祭壇の上に座り込んでいる色把の傍らに立った。

 色把は、その場から動けないでいる。

「なんだ、こっちはお前の女だったのか。さっきから喋らねぇからおかしいと思っていた」

 色把の腕を掴む。軽く摘み上げるような動作で、色把の体を持ち上げた。僅かにつま先が地面から浮いている。

「でもなァ、もう器は必要ないんだよ。俺が【神】を頂いちまったからな」

 必死に抗う色把。そんな様子を気にも留めずに淡々と語る克彦に、哭士の拳が震えている。



「色把を……離せ!」

 叫ぶ哭士に克彦が笑う。

「駄犬。女が欲しけりゃ取りに来い、ほらよ」

 放り投げられる色把の身体。赤い着物の袖が広がる。




 気づけば身体が動いていた。色把を抱きとめようと、手を伸ばす。

 瞬間、哭士の身体は岩壁へと叩きつけられていた。

「早池峰!!」

 ユーリの叫び声が聞こえる。遅れてやってくる、身体を駆け抜ける痛みに、意識を手放しそうになる。

 重力に任せ、身体は砕けた岩と共に地面へと落下した。

 身体が、痺れている。クオウと同じか、それ以上の凄まじい力だった。



「おっと……。こりゃすげぇ……」

 自分の手のひらを見つめる克彦。自身の力をまだ把握できていないようだ。

「あぁ……最高に気分がいい。あんなに恐ろしかったお前さんが、今やまるで子供を相手にしているようだ」

 哭士は、色把の姿を探した。祭壇から転げ落ち、痛みに震えながらも身体を起こしていた。



「なぁ、お前さんが俺にしでかしたこと、覚えているか……?」

 気づけば克彦が目の前に迫っていた。倒れこんだ哭士に合わせるようにしゃがみ、覗き込んでいる。

「!!」

 おもむろに指を広げた手を哭士の顔面に押し付けた。

「ア……! アァァァァ!!」

 手のひらから溢れる黒い靄。焼け付くような鋭い痛みが哭士を襲った。

「この傷を見ろ。醜いこの痣を!」

 万力のように締められた克彦の手は、哭士の力を持ってしてもびくともしない。

 足を蹴り上げ、身体を捩り、死に物狂いで逃れようとするが、それは全て無駄な足掻きとなった。




「哭士!!」

 数発、克彦のこめかみへと銃弾が打ち込まれる。

 こめかみからはヒトの赤い血ではなく、黒い液体が飛び散った。

 哭士に向けられた攻撃が緩んだ。ゆっくりと克彦の顔が菊塵へと向けられる。

「おいおい……痛てぇじゃねぇか……」 

 こめかみをなでる手、驚くべき速さで傷口が塞がっていく。

 不死となった身体を、身をもって感じた事で、克彦の喉が鳴る。


 瞠目する菊塵を前に、克彦が菊塵をじろりと見やる。

「アァ、ジジイの金魚の糞か」

 

 次の瞬間には、菊塵の脇に克彦が現れた。動いた素振りも空気が動いた気配も感じ取れなかった。

 菊塵の左腕をおもむろに掴む。菊塵が身を包む黒装束の生地が音を立てた。

 克彦が掴んでいる手が、握り締められた。鈍い、耳障りな音が菊塵の左腕から鳴り響く。

「……!!」

 菊塵は喉が避けるほど声を張り上げた。

 克彦の手が離されると同時に、菊塵は左腕を抑えて蹲った。手首から先は力が抜け、動かすことが出来ないでいる。


 苦しみ喘ぐ菊塵を見下ろし、その身体を蹴り上げた。

 菊塵の身体が、いとも簡単に壁へとぶち当たった。それでも立ち上がろうとする菊塵に向かい、自分の手のひらを見つめていた克彦が手を振るう。

 指先から発せられた黒い棘が、菊塵に向かって放たれた。


 菊塵の目が光る。

 一瞬、菊塵と克彦の間の空間が不自然に光を反射した。

 能力を発動させたのだ。

 しかし。

「!!」

 放たれた棘は、目の前に生まれた反射領域をすり抜け、菊塵の身体、周囲の壁に次々と突き刺さった。

 目を見開き、前のめりになる菊塵。



 またも、瞬間的に距離を詰めた克彦が、菊塵の髪の毛を鷲掴む。

「てめェもとにかく気に食わなかった。いつもいつも、俺を小ばかにした態度で見やがって」

 掴まれた頭ごと、菊塵の身体が引き上げられた。苦痛に顔を歪ませる。

「……貴様の、目的は……」

 菊塵の問いに、克彦はいつもの笑い顔を見せた。

「あァ、そうだよ。『これ』が目的だった。ずっと見ていたんだよ。狗鬼と籠女をよ……!」

 空いた手の親指で、克彦が自分の胸を指す。体内に取り込んだ【神】の事だろう。

「幸い、俺は『早池峰筋』として本家に認められていた。それから必死にあのババアに取り入り、そして俺は見た。【神】と、レキを」

 レキは、祭壇の上から一歩も動いていない。曇ったガラス玉のような目がこちらに向いているだけだ。黒い飛沫が白い肌に転々と浮かび上がっている。

「初めて【神】と、レキを見たときから思っていたんだ。俺も、その力が欲しい……ってな」

 鷲掴まれた頭が軋む。菊塵は思わず声を漏らす。

「そしてお前たちに吠え面をかかせてやりたかったのさ。今まで散々俺を虚仮にしたお前らをよ」

 菊塵のその様子に、愉悦の表情を浮かべ、克彦は続ける。

「そっから、どうしようかなァ……。まだ考えてねェよ。……なに、俺には時間がある。有り余るほどの時間がなァ!!」

 そのまま地面へ叩きつけられた。岩盤は大きくひび割れ、空間が大きく揺れた。




      ※




「キク!!」

 ユーリが飛び出す。

 だが、次の瞬間、脇からとてつもない衝撃がユーリを襲った。

「!!」

 もんどり打って地面を転げた。うつ伏せでようやく止まったユーリが顔を上げると、目の前に色白の男が立っていた。レキだ。

「あの日の夜の事を忘れましたか。手の骨を砕いただけでは足りないようだ」

 光の射さない、暗いまなこがユーリの姿をただ映していた。

 廃工場で対峙した時と何ら変わりない無表情で、レキはそこに立っている。

「へっ……! 俺は物覚えが悪いんだよ……。あんな夜の事なんて、とっくに忘れちまったね……!」

 ユーリが無理に嗤笑ししょうする。だが、次の瞬間、その顔に苦痛が浮かび上がった。


 レキの親指と人差し指がユーリの首元に刺さっていた。


「ガ……!」

 溢れ出る鮮血。咄嗟にレキの腕を掴む。だが、びくともしない。

「ならば、忘れられぬよう、更に思い知らせて差し上げようか。それとも、ここで眠らせてあげましょうか」

 指が折り曲げられる。傷口が開いていく。柔らかい水分を含んだ音が、小さく音を立てている。

 開いた口からは、痛みから逃れようとする苦痛の声しか出て来ない。



 苦痛と、恐怖。

 ユーリの心中をそれだけが支配していた。



 【神】の圧倒的な力の前に、哭士達はまったく手が出せなかった。












――友禅が居たら





 友禅であれば、どうしただろうか。彼の纏う安寧とした雰囲気に一番救われていたのはユーリだったのかもしれない。

 失ってからそれに気づく。

 命に代えてまで自分達の足を進めてくれたあの白皙の男の姿が浮かぶ。



 ユーリの目から一筋の涙が伝った。





 遠くで水音が聞こえた気がした。

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