5―22.神と贄
出来るだけ、凛とする。
きっと、彼女はそうするはずだ。
強い意志を持って、絶対に、弱さを見せない。
きっと、彼女はそうするはずだ。
色把は、両こぶしを握り締め、目の前の者達を見つめていた。
老婆と、若い男、そして、顔に痣を持つ男の三人、そして、祭壇に奉られた【神】。
白亜色の硬い肌は、かがり火を照らし返し、白く光っている。
ぱちり、ぱちりと火の粉が爆ぜる。
あまりにも静かだ。
フーッと、克彦が煙を吐き出す。
動いているのはタバコの煙と、かがり火だけだった。
色把は、【神】に関する言葉を思い出していた。
――【神】は、百年の間に朽ちた体を再生させるために、若い娘の身体……『器』を欲するのです。
身体を挿げ替えながら、何年も……何百年も……
――本物の【神】の器が手に入れば問題は無い。
――双子の片割れは不要なもの、『忌み者』として、忌家に捨てられるのです
――まさか、貴女が忌家に囚われていた方の双子だったなんて……
取那が本物の【神】の器であれば、『忌み者』である色把に【神】の身体の挿げ替えは不可能になるはずである。
白い【神】の表皮はボロボロと崩れ、今にも中から黒い靄が溢れ出しそうだった。動くその靄は見るものに不安と、畏れを与えるものだった。
それでも色把は、その顔をじっと見据えた。
――あの顔は……。
夢で見た『茜』と同じだった。
頬はひび割れ、靄がこぼれ出しているが、見間違う事は無い。
そして、もう一人、色把は【神】から視線を移した。
――仁
栗色の髪、青白い肌に、細い手足。
『レキ』と名乗り、そして呼ばれている男だ。
年齢こそ違うものの、顔つきは『仁』にそっくりである。レキの瞳がこちらに向けられた。
色把は思わず目を逸らした。
「お前様が忌家に囚われていたとは思わなんだ」
老婆が色把を見、口を開く。まだ、色把であるとばれてはいない。
「まさか、忌み物と入れ替わっていたとは誰も思うまいて」
一歩、一歩と御代が近づいてくる。
「器が二つなど、なんとも不吉な。忌み物など絞め殺していればよかったのだ。そうすれば、お前様もあんなことにはならなかった。忌み者にしても煙に巻くように離れに隔離しおって。あの女よ。忌々しい」
吐き捨てるように言葉を放つ御代。色把の祖母の事を言っているのだろう。
色把はじっと御代を見据えた。
「ふん、なんだえ、その目は!」
色把の髪の毛を掴み、強く引く。 この老婆が、自分と、取那の悲しみを作り出した張本人なのだ。
抵抗したい気持ちをこらえて、それでも色把は御代から目を離さない。
「おいおい、やりすぎなんじゃねえかい?」
タバコを投げ捨て、克彦が呆れたような声を上げる。
だが、止める気は毛頭無いらしい。
「御代様、そこまでに。そろそろ、始めましょう」
静かに響く言葉に、御代は振り返る。
「おぉ……そうだの」
御代の手が離れた。色把は乱れた襟口を正した。
その様子を、御代は忌々しげに見つめている。
「器を」
レキの言葉。克彦が身体を起こし、色把の腕を引く。
奥歯を噛み締め、キッと克彦を睨み付ける。
「おぉ、おぉ怖い。可愛い顔が台無しだ」
顔の痣が醜く歪む。
「だが、震えているな」
克彦の腕が胸元に回る。色把は身体に触れた克彦の手を振り払った。
「はは、まったく跳ねっ返りもいい所だ。同じ顔でも哭士の女とは随分違う」
克彦に引きずられるようにして祭壇を登って行く。壇上ではレキが立っている。
「恐ろしくはないのですか」
優しい声。だが、目には光がない。
人形が喋っているような、そんな印象を受けた。
克彦の手が離され、レキが強く色把を引き寄せる。
「助けが来ると、思っているのか。それとも……」
レキは色把の耳へ口寄せた。誰にも聞き取れない声で囁く。
「『これ』が失敗すると分かっているのか」
色把は思わず顔を上げた。だが、レキは何事も無かったかのように色把の手を取る。
さりげなく手を引いているように見えるが、色把は手を解こうと必死に力を入れている。
だが、色把の手を持つレキの腕はぴたりと動こうとしない。
身じろぐ色把をものともせず、レキは色把の手の平に十字の傷をつけた。
『……!』
色把の手に赤い液体が広がる。
異変が起きたのは、その瞬間だった。