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5―20.宿り木

 同時に友禅と洛叉が真っ向からぶつかった。

 哭士たちが退避していた空気の壁を、振動がびりびりと揺らす。


 無音の空気の壁の中。

 だれかがごくりと唾を飲み込む音だけがやけに大きく響いた。

 


 洛叉が倒れ込む。指先一つ動かない。

 同時に友禅もまた、膝から崩れ落ちた。

「友禅!」


 あまりの激しい戦闘に、ユーリは哭士たちを空気の壁で覆っていたが、それを解除した。

 駆け寄る仲間を見上げ、苦しげな表情を浮かべながらも友禅は頷いた。

「友禅……」

「大丈夫……です……」

 だが戦闘で負った傷が痛むのだろう、額から脂汗が流れ落ちている。洛叉が死に際に友禅へ負わせた傷を押さえ込んでいる。

「……今、治療するから」

 こわばった表情で取那が友禅の傍らへと膝をつく。



「待て」

 開いた口から苦しげな呼吸を繰り返す友禅。怪我にしては様子がおかしい。

 がくりと落とした襟から、見慣れぬ物が映り、哭士は友禅の袖を捲り上げる。

「……これは……」 


 腕に走った傷から、尖った何かが飛び出していた。


 注意深くそれを探ると、それは植物の蔓であった。腕を擦るようにそれを払うも、傷口から再び延び、同時に友禅は苦しげに声を上げた。襟首の部分を引き下げ、怪我をしている部分を露出させる。傷口から溢れているのは血と、植物の蔓だった。

 友禅が苦痛の声を上げる。腕に走っている血管を破り、再び蔓が延び始める。

「……血管に、根を張っている」

 哭士の言葉に、その場に居る全員が戦慄した。洛叉は、友禅の身体を苗床に種を植え付けたのだ。友禅の血を養分に、蔓は身体を侵食している。哭士の能力で蔓を凍らせたとしても、友禅の体内にまで氷を侵食させてしまうことになる。狗鬼といえども生身の身体にそのような事を行えば生命に関わる。怪我で弱っている身体であれば尚更だ。

 その間にも友禅は噛み締めた奥歯から苦しげな声を漏らす。体中を侵食する苦痛に耐えているようだった。

 そしてそのまま友禅は地へ倒れ込んだ。

「友禅!」

 口々に皆、友禅の名を呼ぶ。



「おい……どうにかなんねぇのか……」

 ユーリが救いを求めるように立ち尽くす仲間の顔を順に見やる。だが、友禅から目を離す者は居なかった。クオウですら、首を横に振った。





 どうすることも出来ぬ状況。菊塵、ユーリの能力でも、友禅を救うことは出来ないであろう。

 友禅の顔は真っ青になっていた。今や、呼吸をするのも精一杯といった様子であった。



「取那……」

 友禅が傍らに膝をつく少女の名を呼ぶ。

 呼ばれた取那は身を強張らせる。目の前の友禅の状況をまだ認められずに居るのだろう。恐る恐る友禅へ顔を寄せる。

 哭士は、友禅が取那の顔を見られるように仰向けにさせた。

 嫌でも目に飛び込んでくる友禅の身体を侵食する植物。取那は、恐怖とも悲しみとも取れる表情を浮かべる。言葉を発しようとする友禅の口。取那は一言も聞き逃すまいと友禅の顔に耳を寄せた。

「随分と、辛い思いをさせてしまいました」

 自身の生命が侵されていようとも、友禅の口から発せられるのは取那を思う言葉。取那は大きく首を振った。

 取那は力なく投げ出された友禅の腕を縋るように掴む。


「……私、まだ貴方に謝ってない……! あんなに酷いこと……!」

 友禅の目から力が抜けてゆく。うわ言のように、友禅の口が動く。




「……貴女に逢えて、私は幸せでした」




 友禅が柔らかく笑む。取那は友禅の手を握り締め、大きく首を振る。友禅の瞳がゆっくりと閉じられた。

「何馬鹿な事言ってるの! 何で笑ってるの! 苦しくて苦しくて仕方ないんでしょ! 目を開けなさい!」

 取那の悲痛な声が響き渡る。やがて、取那から嗚咽が漏れ出す。

「……目を開けて……お願いだから……!」



  取那は自身の爪で手の平に傷をつけた。友禅に血を与えるつもりなのだろう。だが、哭士はその腕を強く掴んだ。

「……駄目だ。血を媒介してお前にまで芽が広がる」

 傷口を合わせてしまえば、そこから友禅を蝕んでいる蔓が、取那にも侵食を始めるだろう。

「離してよ! 私はどうなったって構わない!」

 友禅の意志を汲み取った哭士は、振りほどこうとする取那の手を手放すつもりは無かった。 

 自身を拘束する哭士の腕を外そうと声を張り上げる。



 その取那の手が、軽く引かれる。


 はっとした表情を浮かべ、引かれた手の先を見やる。友禅が最後の力で取那の袖を引いていた。

 蔓は友禅の身体を包みつつある。

「取那……いいんです」

 取那を見つめている目が友禅の意思を伝えていた。

 それでも取那は首を振る。




 目の前の人間の命が落ちていく様を止める事が出来る者は誰もいなかった。





 取那を掴んでいた友禅の手が、音も無く地面へと落ちた。





 時が止まったかのように、誰も動けるものは居なかった。






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