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5―15.救い

 立ち止まるとすぐさま草が生い茂り、友禅の足を止めようとまとわりついてくる。

 力づくで、絡んでくる枝葉を引きちぎった。

「おや、また狗が迷い込んできたようだ」

 哭士の元に菊塵達がたどり着いたのを、友禅の耳は捉えていた。

 自身の領域に部外者が入り込んだ事を洛叉も察したらしい。哭士が倒れていた方向に視線を向ける。

 友禅はすかさず洛叉の懐へと入り込んだ。クオウに比べ、動きは緩い。


 洛叉さえ倒してしまえば、クオウが洛叉の命令に苦しむ事はない。この厄介な森も消滅させることができる。

 友禅の心中を読み取ったかのように、洛叉はにたり、と笑った。

「クオウ!」

 短く叫ばれる末弟の名。遥か上方から、小さな影が飛びだした。






「友兄!」

 鋭い拳をすんでのところで避けた。洛叉の命令にクオウ自身が抗っていることで、友禅にも避ける余地が僅かに生まれている。

 泣きそうな顔でこちらに向かってくるクオウに、友禅は心を痛めた。

 哭士に対して行ったように、体内の水分を操ろうと試みるも、友禅の能力を力ずくで押さえ込んでくる様は流石であった。

 兄弟の戦いを冷たい笑みを浮かべながら見つめる洛叉。


「……ごめん!」

 地面を蹴り、友禅へと向かってくるクオウ。それでも、何とか避けられそうだった。





「!!」

 だが、突如、友禅の足に細長い何かが絡まった。

 植物の蔦だ。

 足元に気を取られ、一瞬、クオウへの注意が逸れた。





 凄まじい衝撃が友禅の全身を襲った。

 木々をなぎ倒し、それでも勢いは止まらず地面を抉り、その空間を大きく揺るがせた。

 クオウの全力が、ここまでのものだとは思わなかった。

 身体が痺れ、動けない。もはや、どこが負傷しているのかも把握出来ない。






 桐生から渡された籠女の血の薬はあと一瓶。

 籠女の血から抽出された液体の治癒力は籠女の体内から出てしまうと長く持たない。その為、桐生の手元には僅かな量しか残されていなかったのだ。

 友禅は躊躇う事なく、その薬を自身に使った。

 傷が塞がってゆく独特の感覚と共に、友禅は身を翻した。その脇をクオウの身体が掠めていく。




 腕に勢いよく蔦が絡みついた。

「!!」

 進行方向と逆に身体が引かれ、友禅の身体は弓なりに反る。

 その隙をまたもやクオウが襲いかかる。

 蔦から逃れ、クオウの攻撃に対処するには時間が足りない。

 先の攻撃の恐れが体に蘇る。少しでも衝撃を和らげようと体に力を込めた。






 その瞬間、強い何かが友禅の脇を掠めた。同時に甲高い音が友禅の耳に響く。

 友禅の腕が蔦から解放され、クオウが地面へと叩き落されていた。強い風が吹き荒れている。

「友禅さん!」

 菊塵が駆け寄る。クオウの攻撃は菊塵の能力で跳ね返されたようだ。地面に蹲っている。自身の力は、やはり堪えるのだろう。

 クオウはなんとか立ち上がると、木々の間に身を翻し、姿を消した。

「哭士は……!」

「回復しました。奥へ向かっています」

 菊塵の言葉に安堵する。哭士なら、取那と色把を救うことが出来ると友禅は確信した。


「先の子供はもしかして……」

 菊塵の視線に友禅は頷く。

「私と、哭士の弟に当たります。狗鬼の研究により、密かに生み出されていた……」

 友禅の言葉に菊塵が息を呑んだ。

「こうしては居られない……。私は洛叉を追います。すいませんが、クオウをお願いします」

 友禅の見たことも無い必死な瞳の色。

「……わかりました」

 菊塵は頷くことしか出来なかった。

 



      ※




 暗闇に鬱蒼と茂る木々の間をユーリが進む。

 友禅を救いに行った菊塵と苑司を見送り、ユーリは周囲の気配に気を配っていた。



「……ん……?」

 近づいてくる気配を感じ取り、ユーリは身構えた。

 自身の前には空気の壁を生成し、少しでも強襲に対応できるよう右足を引いた。


 目の前に躍り出たのは、大人よりも一回り小さい影だった。

 体を押さえ、苦しげな表情を浮かべている。その顔にユーリは違和感を覚えた。

「早池峰? ……に似てるな」

 似ているのだ。先ほど見送ったあの男に。

 子供は困惑した顔でユーリを見上げる。

「早池峰……? 友兄と哭士兄を知っているのか?」

 子供はユーリに詰め寄る。

「あ、あぁ……」

 たじろぎながらもユーリは頷いた。哭士や友禅を兄と呼ぶこの少年が、哭士の言っていた「クオウ」に違いない。

「ところでお前さ……」

 ユーリが口を開きかけたその時だった。

「!!」

 クオウの目が紅く光る。その様にユーリも身構えた。

 身を屈め、一瞬にしてユーリの眼前へと迫る。



「おいっ! いきなりかよ!」

 咄嗟に空気の壁を作り、クオウを阻んだ隙に後退する。

 光る目を見ていなければ避けることは出来なかっただろう。


「違う! 違うんだ……!」

 泣きそうな表情を浮かべながら首を振るクオウ。

 ユーリは目を眇めた。恐らく、狗石によって操られているのだろう。

「……操られんのが流行ってんのかね……」

 一人ごちたユーリの声にクオウが叫ぶ。

「避けて!」

「うおおっ!」

 その瞬間に体ごと持っていかれるような衝撃が真後ろで起きる。

 つんのめるように波打つ根に倒れこんだ。

「ちょっとコレ、俺一人じゃヤバイかも……」

 菊塵と苑司は友禅の援護に回っている。自分でどうにかするしかない。


 兎に角、体を起こし、クオウの姿を探した。

 土煙の中、小柄なあの姿を見つけることが出来ない。

 くるくると視界を巡らせる。視界の端に光るものが見えた。

 ユーリは迷わずそちらへ跳んだ。


 だが、次の瞬間、空中のユーリに向かい、別方向から氷の槍が飛んできた。



「!!」

 体をひねり空気の壁を蹴って避けるも、数本の槍がユーリの右足を掠める。

 バランスを崩しかけて、近くの木の枝を掴み体制を整えた。

 だが、その瞬間に熱風と共に紅い炎が枝葉を焼きにかかる。

「なっ!」

 一旦凍りついた枝葉は水分が抜け、燃えやすくなっているようだ。見る間にユーリの周囲が紅い焔に包まれる。

 ユーリは高く飛び上がり、自身が作れる最大の範囲で足元の焔を能力の壁で覆った。酸素を失った焔はあっという間に鳴りを潜めた。



 黒炭の木立と化した地に降り立つ。かさり、と灰と化した木の残骸が音を立てる。まだ遠くはわずかに燃えているようだが、さほど影響は無さそうだ。

 焦げ臭さと、消えたばかりの焔の熱がユーリの周囲に立ち込めた。

「氷に炎に、どうなってやがる……!」

 哭士ですら手ごわいと称したクオウに、自分がどこまで対抗できるのだろうか。僅かに気が削がれるのを無理やりに奮い立たせた。



 考える時間も無いまま、今度はユーリの足元が大きく揺らいだ。

 地面が粘土のように柔らかく足を飲み込み始めた。

「仲間の狗鬼がいるってのか……!」

 空気のブロックを掴みよじ登る。

 そこへすかさずクオウが上から跳んでくる。クオウの手によりユーリの足元の空気のブロックがあっけなく破壊されるのを感じた。

「!!」

 背中から落下するユーリ。

 もう一度空気の壁を生成し、中空で体勢を整えた。



 着地の瞬間をクオウは逃さない。猫のような身軽な動作でユーリの懐へと飛び込んでくる。

「避けて!」

 クオウの叫び。体勢を整えることに精一杯だったユーリに出来る行動は限られていた。

「畜生!」

 苦し紛れに足元に広がる黒炭を蹴り上げた。

 散らばる黒い粉とクオウの紅い目が重なる。

「……っ!」

 目に灰が入ったらしい。クオウの動きに乱れが生じる。

 ユーリはすかさず距離を取った。


 

「何て力だよ……!」

 もはや、何とか避けられて無事で居るのが奇跡としか思えなかった。動きについていくこともままならない。

 操られているクオウの理性でどうにかなっているが、次に攻撃を仕掛けられて避けられるかは分からない。



 一歩、また一歩とクオウがユーリへ歩みを進める。

 自分では如何することも出来ないこの状況に、クオウの表情は既に泣き崩れていた。



「このままじゃ、俺、あんたや友兄を傷つけてしまう! お願いだ……」

「ユーリ、彼を空気の壁で覆って周囲の音を遮断して下さい!」

 クオウの言葉を遮り、菊塵の声が響く。

 突然現れた菊塵の言葉に、ユーリも一瞬だけ驚いた表情を見せるが、瞬時にクオウの周囲を壁で覆った。

 菊塵がクオウとユーリの間に降り立った。ちらりとクオウを見、ユーリへと向き直る。

「彼は、洛叉の声で操られているのだそうです。音を遮断できるユーリの壁の中なら、命令が聞こえることはありません」

 閉じ込められたクオウは洛叉の声が聞こえなくなったことで少し平常を取り戻したようだ。ゆっくりと肩の力を抜いた。

 菊塵はかがみ込み、クオウと目線を合わせる。クオウは必死に何かを訴えているが、音を遮断されている壁が邪魔をし、声はこちらに届かない。

「ちょっと、ちょっと、そこで言ったってわかんねぇって。聞こえねぇんだからさ」

「『ゆうにいをたすけて』……そう言っています」

 クオウの唇を読んだ菊塵が友禅が消えた木々のむこうを見た。


「はは、やっぱマジで……弟なのね」

 苦笑の表情を浮かべるユーリ。

「そして、ユーリ、貴方に『ごめんなさい』と言っています」

 菊塵の言葉を受け、きょとんとした表情を浮かべるも、次の瞬間にユーリはクオウに向き直った。

「言われなくたって分かってら。ちょっと待ってな。兄ちゃん助けてやっから、そこで大人しくしてろ」

 壁の外から、クオウの額あたりを弾く。ユーリの言葉を理解したのか、クオウは訴えるような視線を向け頷いた。

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