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5―13.木々と幻影

「わたくしは、時間を稼ぐよう言われております。何なら命を奪ってもよいと」

 洛叉の切れた細長い目が更に細められ、変化が起きたのは次の瞬間だった。

「!!」

 哭士達の足元が割れ始め、鋭いものが突き出す。突き出たものは太さを増し天井にぶつかる所で止まった。

「……樹だと……?」

 一瞬にして洞窟内は不自然な空間へと様変わりする。日の射さない空間に所狭しと木々が茂り、視界を狭める。足元も木の根がボコボコと波打ち、気を抜けば足を取られそうになる。

 友禅の姿も見えなくなってしまった。耳を研ぎ澄ませ、友禅の気配を探った。






「哭士、無事ですか」

 木の影から友禅が顔を覗かせた。

「厄介ですね。植物を操る能力とは……」

 この場所へたどり着く前の花の匂いは、洛叉の能力によるものだったようだ。

「……」

 足場と視界の悪さは厄介である。更に木々から何かが仕掛けられる可能性もある。哭士は自分の周囲に意識を張り巡らせた。

「気を抜くな、どこから来るか分からない」

「そう……だな!」

「!!」

 瞬時に異変を感じ取り、目の前の友禅の拳を受け止めた。遅れてやってくるじんとした痺れを払うように友禅の身体目掛けて拳を振り抜く。

「……先の能力と同じか」

 哭士の目が捉えたのは、霧散し消えてゆく友禅の姿だった。先ほど取那の姿をかたどったものだ。

 木々の間から仲間と同じ姿のものを接触させ、その隙を狙うつもりらしい。厄介な空間、張り巡らされた罠に哭士は舌打ちした。

 加えて、同じ空間内にクオウがいる。またクオウに命令が下されれば、この最悪の条件下で対処しなければならない。

 哭士は注意深く森を進んだ。見える人影に振り返り、本物かどうかを判別し攻撃する。一度、二度ならば問題はなかった。だが、幾度と繰り返されるこの攻撃に、哭士の心中に苛立ちと疲労が募っていく。




      ※





 それは突然の事だった。


 

 身体から力が抜け、立っていることすら出来なくなる。哭士はその場に倒れ込んだ。

 腕を突き、上体を起こすのが精一杯だった。その哭士の双眸には、自身の手から鋭い白色が広がってゆく様が映り込んだ。

 息が震える。自分の身体から強大な力が漏れ出て行く。指先まで凍りつき、感覚がなくなって手が震えている。自身の統制下で能力を使う時には決して無い現象だ。

 パキ、パキとひび割れるような音が自身の周囲に広がってゆく。




 それば見覚えのある光景だった。




――能力の、暴走……!




 無理やりに顔を上げた。視界に入るもの全てが凍りついてゆく。枝葉は白く染まり、木の幹は水分が凝固し鈍い音を立て始めた。氷結に耐えられず倒れていく木々もある。

 近づいてくる友禅の幻影もまた、氷の波を打ち付けられ、あっけなく霧散してゆく。




 

「止まれ……! ……止まれ!」

 能力を抑えようと力を込めるが身体がいうことを聞かない。狗石を持つ色把はここにはいない。流れ出る能力の衝動に抗えず身を任せる事しか出来ない。

「哭士!」

 不気味な森がこの場に出現してから何度聞いただろうか。自身の名を呼ぶ兄の声を。

 自分の身体を支えるので精一杯の哭士は、たった今、声をかけてきた者が本物の友禅なのか判断をする事は出来なかった。



 声の方向へ顔を向ける。目を見開いて、こちらを向いている友禅の姿を捉えた。

「来るな……!」

 本物であれば友禅自身が、偽物であれば哭士の身が危うい。

 だが、友禅は哭士を中心に広がる氷の波に自身の能力をぶつけ、氷の盾としながら少しづつ近づいてくる。

「……」

 本物のようだ。だが、哭士は既に身体を支える事が出来ずに地に伏していた。哭士の元へとたどり着いた友禅は傍らにしゃがみ込んだ。

 友禅の髪は凍りつき、先端が白くなっている。だが、それを気に留める様子は全くない。




「……少し、我慢して下さい」

 耳元で囁く兄の声。

 突如、哭士の身体に電流が流れたような衝撃が駆け巡る。

「ガ……アアアアッ!」

 口から洩れる声は意味をなさず、吠え声となって周囲に響く。わずかに残っていた力すら体から逃げてゆく。

 意識を手放しそうになるのを必死に堪えた。





 周囲で暴れ狂う吹雪が止んだ。

 哭士は苦しみ喘ぎながら必死に呼吸を繰り返す。伏したまま瞳だけを友禅へと向けた。兄は哭士の心中を察したように口を開いた。



「……桐生さんから聞いていたんです。貴方の能力が暴走したときの対処法を……」

 生命に危機が迫れば、自身の生命を保とうと能力の暴走がおさまるという事らしい。哭士の身体は地面に投げ出され、自身の力で指先ひとつ動かせない。

「今、貴方の体内の水分はかなり少なくなっています。今から少しずつ元の状態に戻ります。……そのまま、動かないでください」

 


 このままでは友禅一人でこの状況を凌ぐ必要がある。それに、哭士の身体が元の状態に戻ったとしても、体力までは戻らない。



「ゆ……う……」

 言葉を発しようとするも、意識が混濁している。姿を消した洛叉に加えて、クオウも奴の手の内だ。一人で乗り切れる筈が無い。

「大丈夫です。菊塵さん達が近づいてきている気配がする。彼らがたどり着いたら、これを」

 哭士の手に小さな何かを握らせる。

「回復したら、皆で先に進んで下さい。色把さんと取那を一刻も早く救い出してください」

 哭士の背を一度軽く撫ぜる。哭士の視線を受けながら友禅が立ち上がった。弟の言わんとしている事を察している。

「洛叉が言ったことを覚えていますか。……時間を稼ぐ、と。つまり、間も無く【神】が何かしらの動きを見せるという事です。……時間がありません」

 友禅は周囲に気を張り巡らせているようだ、襲い来る幻影の気配を逃すまいと構えている。

「あの方とクオウは、私が止めます。……大丈夫、私は早池峰の長兄ですから」

 友禅の瞳が柔らかく細められた。そのまま友禅は踵を返す。






 ばちん、と何かが弾かれたような音が響き渡った。

 倒れ付している哭士の視界には、飛び込んできた自分の幻影が吹き飛び、そのまま消えていく様が映る。

 行くな、という言葉を兄の背中にかける事は出来なかった。既に友禅の姿は哭士の視界から消えていた。





      ※





 友禅は大きく息を吸い込んだ。

 哭士の能力の暴走で、周囲の木々が枯れ倒れ、先程よりは心なしか視界が広くなっている。

 近寄ってくる幻影は、次々と力によって壊していった。もう、自身に近づいてくる哭士の姿をしたものはすべて偽物だ。手加減をする必要はない。




 だが、クオウがまだ姿を現していない。

 哭士が動けない今、友禅と洛叉が相対し、哭士と二人がかりで抑えたクオウが加われば圧倒的に不利となる事は友禅にも分かっていた。





――できれば、使いたくはない。







 友禅は胸元に忍ばせたある物を指先で触った。





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