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3―10.突破口

 既にあの男の戦いの癖は分かっている。

 自分の懐へわざと入り込ませ、そこを狩る。自身への力を透過させる能力は、今までの経験を基にすれば恐れることは無い。




 だが




 自分でも分からない程、菊塵の心中はざわめいていた。

 それが、他の狗鬼の能力によるものと気づくことは無い。




 利かなくなった右腕を庇い、それでも久弥へと突進した。

 周囲の狗鬼の姿が見えなくなっていることにも気づかない。左腕を振り、そのまま左足を頚部へ叩き込む。

 だが、すべて柳のようにかわされる。


「!!」

 側部から、大きな衝撃が当てられ菊塵は受身も取れずに地面を転がった。

 顔を上げ、すぐさま斃すべき相手を見据えた。うなり声にも似た息を吐き出しながら、菊塵は身をかがめ、次の攻撃に備えた。

 目は、かつての上官のみを追い、そこにあるべきものを捕らえようとはしない。傍からみれば、それはまさに捕らえられんとしている怯えた獣のようだっただろう。








 突如、目の前に見慣れた色が飛び込んでくる。そのまま現れた金色は菊塵の両頬をばちりと手で挟み込んだ。

 予想だにしなかった出来事に、一瞬攻撃の色を表した菊塵の目は、燃えるような紅色を瞬かせた。


 だが、次の瞬間には相手を判別し、何事かと見開いた菊塵の目に映ったその人物は、あろう事か不敵な笑みを浮かべていた。

「キク、笑え」

 手を離し、背後を振り返る。

 菊塵もユーリの視線の先に目をやるが、そこにはもう久弥の姿はない。鬼頭が先ほどと同じ位置に、同じ様で立っていた。

「すげぇ怖い顔しているぞお前。あのオッサンは死んだだろうが。もう過去の人間だろうが。昔、何があったか詳しくは知らねぇが、お前はお前だろ。あんな鉄面皮に飲み込まれてどうすんだ」

「……!」


 その言葉で、一気に菊塵の内を焼く熱が急激に冷めていくのを感じた。本家で退治した久弥との戦い。自分はあの男を乗り越えたはずだった。



 まんまと敵の狗鬼の術中へと落ち、冷静さを欠いていた。

 肩の力をわずかに抜く。

「たしかに、そうでした。……あと、鉄面皮の意味、違いますよ」

「えっマジ?」

 菊塵の囚われていた感情がゆっくりと解けていく。過去にとらわれている暇などないのだ。自分には自分のなすべきことがある。それをこの軽薄な狗鬼は瞬時に思い出させてくれた。

「……」

 菊塵はゆっくりと視線を上げ、鬼頭を見据えた。





「……ほう、あの術を抜けたか。恐慌に陥ったまま、現実の区別もつかずに殺してやろうと思っていたが」

 その鬼頭の言葉を皮切りに、背後で待機していた狗鬼達が一斉に動き出す。合図などは何もない。今この場所にいる敵は、全て鬼頭の思いのままに動く。




「来ます! ユーリ、苑司くんを」

 菊塵が身構え、ユーリに叫ぶ。苑司は能力の使い方をようやく把握しただけだ。戦う事は難しい。

「その腕で戦うつもりかよ」

 封じられた右腕は、ようやく感覚を取り戻してきただけだ。自在に動かすにはまだ少し時間がいる。

 ユーリは普段と全く変わらぬ様子でにやりと笑った。

「キク、ちょっと下がってろ。良いの見せてやるよ」

 菊塵の肩を叩き、菊塵の前へと躍り出る。

「何を……!」

「まぁ見てなって」

 ユーリが持っているのは水の入ったペットボトルだ。一度放り投げて持ち方を変え 右手に向かって傾ける。

 そのまま右手で勢いよく投げる動作をする。透明な何かが鬼頭の隊へ向かって飛んでいく。

「せーのっ!」

 いつの間にか両手で耳をふさいでいたユーリの声と同時の事。




 内臓を打ち付けるような激しい音と共に、白い煙が爆風と共に吹き荒れる。

「!!」

 突然の事に苑司は肩をすくませた。

 爆発の方向に目を向ければ、巻き込まれた者たちが数人吹き飛んでゆくのが見えた。




 咄嗟に菊塵も腕で顔を守る。確かに勢いは強い。だが、火薬の臭いや熱さを感じないのだ。

「一体これは……?」

 菊塵の言葉にユーリが得意げに応える。

「意外っしょ? 水も爆弾になるんだなぁこれが」

 ユーリの言葉、そして目の前に降り注ぐ雫を見、菊塵はある考えにたどり着いた。

「……水蒸気爆発」

 前方では雨のようにパラパラと水が落ちている。爆発が直撃した狗鬼達はその場に倒れていた。

「そ、そ、要は瞬間的に蒸発させればいいわけよ。俺の空気のブロックの中は気圧と空気の密度が変えられんの」

 気圧が下がれば、沸点も下がる。水を中に入れた空気のブロック内の気圧を操り、瞬間的に内部の水を蒸発させたのだ。一気に膨れ上がった水蒸気は圧力を一気に外部へ放出する。

「まあ、威力はさほどではないんだけど。ただし、桐生先生特製の麻酔入り。一発かましてやるには十分でしょ?」

 かなりの狗鬼が動けなくなっている。鬼頭の動揺は狗石を通じて他の狗鬼へも伝わり、動きが緩慢になっている。

 統制が乱れた隊列にユーリが飛び込んだ。

「猟犬だとか何とか言ったってなぁ、所詮、同じ狗鬼いぬだろ!」

 動きに迷いがない。左足を軸に回し上げる脚は一度に三人を吹き飛ばす。

 その背後から飛びかかる狗鬼を、菊塵は能力で弾き飛ばした。




 ――いける。




 菊塵の中の思いが確信に変わりつつあった。

 士気の高まっているユーリは、周囲への警戒と攻撃のバランスがしっかりと取れている。

 菊塵は苑司を隅に逃がしながら、能力を使い周囲の狗鬼へ攻撃を加えていく。

 ユーリの開いた突破口が徐々に広がり、目の前の相手を打ち負かしつつある。襲い来る狗鬼をいなし、確実に数を減らす。









「がッ!」

 突如、ユーリの短い叫び声と共に、細い身体が地面に打ち付けられた。

 身体を強かに打ち付けたらしい。顔は苦痛の表情を浮かべている。

「ユーリ!」

 菊塵がユーリを援護しようと振り返ったその瞬間、菊塵の腹部に衝撃が走る。背後の岩影に数人の狗鬼が潜んでいたのだ。

「……キクッ!」

 声を上げるユーリ。だが、敵の狗鬼に更なる攻撃を受け、地へと伏してしまった。

「で、どうする。また麻酔入りの爆弾でも放るか」

 ユーリの肩を蹴りつける。ユーリはうめき声すらも上げない。地面に放られた明るい髪が蹴られた衝撃でばさりと動いた。

「……」

 こちらが押していると思っていたが知らず知らずのうちに追い込まれていたのだ。

 悟らせる事なく、自身を優位と思い込ませ目的の場所へと誘導する。鬼頭らしいやり方だった。




 だが、その時だった。

 うずくまっていたユーリが、勢いよく上体を起こした。

「苑司! そのまま真っ直ぐだ!」

 ユーリの短い声と共に、身をこわばらせた苑司の目が赤く光る。トレーラーの扉を開け放ったものと同じ風が苑司から打ち出された。

 激しく吹き付ける風に鬼頭は眉だけを僅かに動かす。

「なんのつもりだ」



 真っ直ぐに立っていられない程の強い風だが、現状を突破する程ではない。苑司は自分の周囲に風を作る事しか出来ないのだ。

 だが、菊塵の思考とは及びも付かない現象が目に飛び込んできた。



 突如、風が不自然に渦を作り出す。

「なんだ……?」

 渦を巻いた風は轟轟と唸りを上げながら周囲のものを巻き上げ始めた。

 それはあっという間に大きく育ち、巻き上げた小石や破片を無作為に周囲へ強く弾き飛ばす。

 意志を持ったような『それ』は、迷いもなくGDの軍隊へと飛び込んだ。ある者は吹き飛び叩きつけられ、またある者は弾丸と化した小石により打ち抜かれている。

 囲まれていた菊塵は、その様を驚愕の様子で見つめていた。

 複雑な能力の操作と加減が必要なはずである。能力を使い始めたばかりの苑司ができる所業ではない。




 瞠目している狗鬼達を蹴散らし、菊塵はユーリを引き上げた。いてて、と小さく声を上げる。

「……ユーリ、また君ですか」

「さっきの応用さ」

 目を剥く菊塵の表情を眺め、口の端をゆっくりと上げた。




「苑司の風の上で低圧力のブロックを作って解除するわけよ。そうすると上昇する簡単な風が生まれてさ、それにまとわりついたものが旋風になる。要は空と同じ状況を作ってやればいいわけ。結構、威力はあるんだぜ」

 説明するユーリの指がくるくると円を描く。

「もう苑司から教科書借りてさー、初めて読んだよあんな訳わかんねーの」

「……助かりました」

 自身の能力を全面に押し出すのではなく、サポートの役割を果たしている。以前のユーリとは違っていた。

「でっしょー? 結構考えてるんだぜ、俺」

 ユーリは、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。





てつ‐めんぴ 【鉄面皮】


[名・形動]《鉄でできている(つら)の皮の意》恥知らずで、厚かましいこと。また、その人や、そのさま。厚顔。「―な(の)男」

(コトバンクより:http://kotobank.jp/word/%E9%89%84%E9%9D%A2%E7%9A%AE?dic=daijisen&oid=12741600)

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