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1―16.介抱

 左腕に、くすぐったい感じを覚えて、現実に引き戻された。

 うっすら目を開けると、傍らに色把が座り込んでいた。自分の近くで一生懸命何か作業を行っているようだった。

「何をしてる」

 哭士の目が覚めた事に気づかなかったらしい、声をかけた瞬間、びくりと一瞬身を震わせた。色把の手からは、細い鉄の棒のようなものが落ち、か細く軽い音を立てた。

 落ちたものに視線を下げてみると、それはピンセットと脱脂綿だっしめん

 色把は自分が眠り込んでいる間に、左腕を手当てしようとしていたらしい。寝間着の袖で傷が隠れていたのだが、畳を殴りつけたときに見えてしまったのだろう。



 自分が横になっている部屋は、先ほどの部屋とは異なっていた。床に拳をたたきつけた瞬間、畳が跳ね上り、底板が抜けていたのを覚えている。恐らく昏倒した自分はそのまま別室に運ばれたのであろう。横になっている状態で色把を見上げた。

「すぐに治ると言っただろう」

 色把の手を払おうと、力を込めたが、色把は哭士の腕を離さない。がっしりと掴んだまま、ふるふると頭を振った。実際、影鬼と戦って負った腕の傷は未だに表面が引きれて痛々しいものであった。



 自分の所為で怪我を負わせてしまったと責任を感じた色把は自分なりにどうにかしようと思ったのだろう。哭士の片腕の力に必死にしがみ付いてくる所を見ると手当てを中止する気が無いらしい。

「……」

 このまま力ずくで腕を振り払ってしまっても良かったが、後が面倒そうだ。

 哭士の腕を逃さんと両手で掴んでいる色把の顔が、もう一押しすれば泣きそうな表情だったからである。自由に動けない今の状態で、目の前でさめざめと泣かれてしまうと、非常に扱いに困る。



 哭士は大きく息を吐き出し、諦めて左腕を任せた。治療を続ける事を許可された色把は、安心した様子の表情を浮かべ、落としたピンセットを拾い、作業を続けた。仕方無しに、哭士は治療されている自分の左腕の様子を見守った。






「……お前、不器用だな」

『!!』

 普段から思ったことを殆ど喋らない哭士であったが、色把のあまりの様子に思わずぽろりと口に出てしまった。傷口を消毒するまでは良かった。だが、腕に布を当て、包帯を巻いていくと、同じところに何度も巻いたり、肝心なところに包帯が当たっていなかったりと、巻き終わってみると散々な状態なのである。おまけに包帯を結びつける時に、蝶結びを失敗し、幾重もの固結びになっている。

 哭士のこの上ない直接的な言葉にショックを受けたのか、しょんぼりと肩を落とす色把。

 申し訳なさそうに、ボコボコに巻かれた哭士の包帯を見る色把。やはり、これは酷すぎる。

 色把は包帯だけでも取ろうと手を伸ばした。だが、固結びに手間取り、なかなか包帯が解けない。

「……これでいい」

 哭士は左腕を色把の手から遠ざけた。意外な反応にきょとんとした表情を浮かべる色把。



「お前、何故こんなことを」

 色把の行動を不思議に思い、哭士は問う。良家の息女だ。怪我の手当てなど、したことが無かったはずだ。

『身勝手だとは思うんですが……お礼が、したかったんです』

「礼だと」

『あの時、影鬼にやられそうになったときに助けてくれた事。お婆様が亡くなっていたのを隠していてくれた事、家へ連れて行ってくれたこと』

「……お前、馬鹿正直にも程があるぞ。俺は命令されたからお前を助けたまでだ」

 切り捨てるように色把に言い放つ。それでも色把の表情は崩れない。

『いいんです。命令だって。でも、貴方は命令されていなくても、私を家まで連れて行ってくれました』

「……」

 色把の言葉に、何と返していいのか分からず、哭士は黙り込んだ。

 二人の居る部屋が静まり返った。


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