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5―6.力の差

 ゆっくりとクオウが向かってくる。自身に満ち溢れたその表情は、細い身体を大きく見せる。一筋縄ではいかない事を哭士は本能で悟っていた。クオウは自分も友禅の能力も恐れていない。



 数歩進んだ所で、クオウは地面を強く蹴った。高い天井まで届きそうになりながら綺麗な弧を描き哭士へと向かう。

 空中で速度を増し、哭士の顔面を目掛け鋭い拳が飛んでくる。

 拳は紅い焔を纏い、熱とともに迫り来る。咄嗟にその手を受け止めた。手の平が音を立てる。熱さは痛みとなって哭士の身体を駆け巡った。

「……ッ!」

 喉から溢れる声を必死で押さえつけ、哭士はクオウを投げ払う。右の手の平は焼け爛れ皮が剥がれた。だが気に止めている暇はない。

 氷の槍がクオウに向けた。甲高い音と共に空間に刃物のような氷が突き上がる。

「さっき見たろ? 氷の力は俺も持ってる。前に同じ能力の石を喰った」

 避ける素振りもないクオウは鏡写しのように哭士のそれと同じもの、同じ数を生成し、真っ向からぶつけてくる。力も同じだ。ぶつかり合う氷は空間を揺るがし互いに砕け合いながら弾け散った。


「だから、効かない。哭士兄の能力は」

 全ての行動に余裕がある。それは表情に現れていた。音もなく哭士の右脇へと距離を詰めてきていたクオウは哭士の脇腹を蹴り上げる。

 とてつもない衝撃に哭士の呼吸が止まり、肺から押し出された空気がヒュウと喉を鳴らす。

 数メートル宙に舞い、強く地面に叩きつけられた。衝撃は岩盤を伝い、消して小さくはない亀裂が哭士を中心に広がる。硬く鋭い岩の地面は哭士の身体を容赦なく痛めつけた。

 背中から脇腹が熱い。岩が哭士の身体をえぐっていた。

「うっわ、痛そー……」

 哭士は岩を掴み立ち上がる。目の前の初めて相対する『弟』は、そこを間違いなく攻めてくるのだ。

 さも楽しげな口調でクオウは哭士の前に立ちはだかる。挑発するようなその表情に僅かに苛立ちがつのる。哭士はクオウに駆けた。襟首に向かって腕を伸ばす。

「哭士兄は恐いねぇ。そんなに睨まなくてもいいだろ!」

 クオウが叫ぶと同時に哭士の目の前が一瞬にして真っ白になる。

「!!」

 遅れてやってくるのは両目の鋭い痛み。

「……!」

 堪らず両手で目を覆った。それが強い光だったと認識した頃には、哭士の身体は胸から地面に叩きつけられていた。

 激しい衝撃は哭士の身体を貫く。無理矢理に目を開くも、焼かれた網膜は映すものを正しく脳に伝えない。白と黒の世界が綯交ぜになり痛みで目を長く開く事が出来なかった。

 目を守ろうと溢れる涙を乱暴に拭い、しかめた顔を伏せた。

 通常の視界に戻るまで時間が掛かりそうだ。だが、そんな時間を与えるほどクオウは生易しくはない。目が見えぬのであれば、聞くしかない。耳に集中し、クオウの動きを探った。



 だが、クオウの軽い体重と、それを感じさせぬ軽やかな動きに哭士の耳は目標のものを正確に捉えられない。




 小石を踏む音が僅かに聞こえた。

 そこに向かって全力で能力を放とうと息を吸う。




「哭士兄はわかりやすいよ。今、氷を出そうとしたろ?」




 耳元で囁かれるクオウの声。心中を読まれたかのような言葉に哭士はぎくりとする。

「そんなんじゃ、奥の姉ちゃん達を助けられないよ。ま、進ませるつもりはないけどさ」

 風を切る音、クオウが向かってくるのを直前で感じた。開いても役に立たない目では、クオウがどう向かってくるのか捉えようが無い。哭士は少しでも衝撃を和らげようと身体に力を込めた。




 強く肩を引かれた。 

「哭士、後ろへ」

 目を封じられた哭士とクオウの間に友禅が滑り込む気配がした。

 自身を背に守りながら友禅がクオウに向かっているようだ。


 視力が少しずつ戻ってくる。うっすらと見え始めた視界でも、クオウの周囲は激しく様々な種類の光が瞬いているのが分かる。そして、速いのだ。友禅ですらクオウの動きについていくのがやっと、といった状況に見える。

 他の狗鬼を封じた、三半規管を狂わせる力もクオウには届かないようだ。

 哭士の視力が戻るまで、なんとか時間を稼いでいるらしい。友禅の気配が右へ、左へ移動している。


 熱い瞼を自身の能力で冷やす。右目がようやく輪郭を捉え始めた。

 友禅が圧されている。長身の友禅の周囲を小さなクオウが忙しく飛び回っている。その度に友禅は身体を折り曲げ、苦しげな声を上げていた。

 それでも友禅はクオウに組み付き、地面へ叩きつけるように投げ飛ばした。身体に水の塊がまとわりつき、バランスを失っている。



 地面に落ちた瞬間にクオウの喉から短く息が漏れ身体が跳ね上がる。

「哭士!」

 友禅の短い言葉に反応し、ようやく生まれたクオウの隙に、哭士は飛び込んでいく。

 今なら、能力でクオウを仕留められる。狙いをすまし、氷を地面から突き出させた。

「ほら、やっぱりわかりやすい」

 持ち上がった口端、愉悦に満ちた瞳と哭士の瞳が交差した。

「!!」

 演技だったのだ。軽々と氷の槍を避けたクオウの指が鳴らされる。

 ビリビリと空気が揺れる。空間までもが割れたと思わせるほどの高音が哭士の鼓膜を真っ直ぐに打ち抜いた。

 間近で鳴らされる超音波に、哭士の身体は弾かれたように地面へと倒れ伏した。



「……ッ!」

 耳の痛みに耐え立ち上がりクオウから距離をとる。

 哭士の放つ能力は全て見切られてしまう。近づこうにも目を焼く閃光、耳を劈く超音波により阻まれ、直接の攻撃を与えることが出来ない。

「……これでは……」

 手を出すことすらままならない。力も、能力も全てクオウが上回っている。

 哭士の心中に焦りがつのりはじめた。



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