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5―5.クオウ

 落ちた先も、先ほどまで歩いていた道と同じような風景だった。ただひたすらに一本の道が続いている。だが、色把の姿は無い。

「恐らく、菊塵さんが話していた通り、地形を操る狗鬼の能力でしょう。周囲の岩壁を操り、色把さんだけを攫った」

 哭士は空気中の匂いを辿る。色把は祖母の形見である匂い袋を身につけている為、辿りやすい。

「この道を行ったようだな」

 匂いは洞窟の奥へと続いている。友禅も匂いを感知したようで、静かに哭士に従った。





「……匂いが途切れた」

 突然、匂い袋の香りが途切れた。哭士の顔に焦りが広がる。友禅にも香りを感知出来なくなっているらしく、表情が強張った。

「また能力で別の場所へ移動したのかもしれません。他に手がかりがないか、探ったほうが良さそうです」

 とはいうものの、哭士達が進んできた道にも、今まさに立っている場所にも特に変わった所は見当たらない。仕方なしに眼前に広がる一本の道を進んでゆく。




 道は相変わらず暗い。だが、ようやく一本の道から、大きく開けた場所へと出ることができた。二人の狗鬼は、ほぼ同時に前方の異変を捉えた。

 何人もの男たちが倒れている。動く気配は無い。



「……死んでいる」

 一番近くに倒れている者を確認するが、既に事切れていた。

 革新派の隊服ではない、恐らくGDの狗鬼だろう。

 男の近くには淡く輝く砂のようなものが散らばっている。この光り方には見覚えがあった。

「……狗石のかけらです……。この方は、狗石を砕かれ……絶命したようです」

 友禅の表情が凍りつく。倒れている者らを見ると、全てGDの狗鬼達のようだ。

 革新派の狗鬼の姿は見当たらない。革新派と争った形跡が無く、狗石が砕かれているのだ。

「……何だ、この違和感は」

 革新派が殺したものではないとすれば、レキの仕業であろうか。哭士は思考を巡らせる。




「……!」

 死体の山が僅かに動いた。下敷きになっていた者が一人生きていたのだ。

 GDの隊員は身体を起こすのがやっとのようで、哭士らに攻撃を仕掛ける事は出来そうになかった。

 友禅は隊員の元へと歩み、膝をついた。

「……何が起きたのです」

 小さく呻いた男は、うわ言のように呟いた。

「子供が……石を……」

「子供?」

 友禅が怪訝な表情を浮かべたその時であった。

 




 くすくすと笑い声が聞こえる。子供の声だ。

「……子供……」

 こんな場所に居る子供といえば、哭士には一人の人物しか浮かばない。しかし、記憶の中のレキの声と笑い声が合致しないのだ。レキの声とは違う。

 哭士と友禅は周囲に意識を張り巡らせた。




「そんな恐い顔をするなよ」

 突如、二人の真後ろから子供の声がかかる。哭士と友禅は同時に振り返った。

 十三、四歳のあどけなさが残る少年が、似つかわしくない歪んだ笑みを浮かべて立っていた。

 声変わりをようやく迎えたような掠れた声。言葉尻は柔らかいが、その端々には敵意をたっぷりと孕んでいた。

「黒いロングへアの姉ちゃんなら、ここに連れられてきたから奥に捕まえといた……二人揃ったよ」

 無意識に少年の背後に視線を向ける。さらに暗い道が続いている。

「なあ、ちょっと遊ぼうぜ。俺はあんたたちを待ってたんだ。こいつら張り合いがなくて退屈しのぎにもならない」

 ぐるりと周囲に転がる死体を瞳に映す。





「……やはりお前か。こいつらをやったのは」

「そうだよ、俺一人でね」

 口走る軽薄な雰囲気とは異なり鋭い目つき。そしてその目は細められた。

「だからさ、そんな恐い顔をしないでよ。『兄貴』」

 友禅と哭士を交互に見る少年の口端が上がる。鋭い犬歯がその奥から現れた舌で撫でられた。





 友禅の目尻が僅かに痙攣する。

「……まだ……続けられていたのか……!」

 地を這うような低い声と共に友禅の奥歯がぎり、と鳴る。

「……どういうことだ」

 兄と呼ぶ目の前の少年に戸惑う。哭士は何かを察している友禅に問いかける。

「一番上の兄貴はわかってるようだね。哭士兄の為にヒントあげようか。俺には名前が無い。付けられているコード番号は『早池峰C6』」

 早池峰の名を口にする少年に、哭士の目が見開かれる。

 その様子を見、くすくすと楽しげに笑う少年。

「……私と……同じです。彼も恐らく『造られた』狗鬼」

 友禅の言葉に、少年はにやりと笑う。

「母親は同じさ。でも、俺も友兄と同じ。女の腹から生まれてない」

 弾けるように振り向いた弟を友禅はどう思ったであろうか。哭士の視線に気づかないかのように友禅は少年を見つめ続けていた。




「俺が完璧な狗鬼だ。全ての狗鬼の頂点に立つ選ばれた王としてこの世に生まれた」

 一歩、一歩と歩みを進め近づいてくる。

「俺は自分で名前を付けた。……早池峰 クオウ」

 ぴりりとクオウの纏う雰囲気が一変した。

「不完全な友兄に、契約を結べない哭士兄」

 友禅と哭士をその鋭い瞳に順に映し出す。

「欠陥品なんて要らないんだよ。早池峰の名を持つ者は俺だけで十分だ!」

 まっすぐに哭士へ向かってくるのは、氷の槍だった。



 能力は自分と同じらしい。咄嗟に身を翻す。

「!!」

 だが飛んだ哭士の目前に煌々とした赤色が迫る。

 遅れてやってくる焼け付くような熱でそれがほのおだと気づく。予期していなかった別の能力での攻撃に哭士の判断が一瞬だけ遅れた。

 



――避けられない。




「哭士!」

 友禅の声、爆ぜる音と共に白煙が上がり、水滴が降り注ぐ。

 霧雨が降りしきる中、バランスを崩しながらも哭士はなんとか着地した。すぐに体制を立て直すが、先ほどまで立っていたその場所にクオウの姿はない。哭士はクオウと、そして焔で攻撃してきた別の狗鬼の姿を探る。




 クオウは身を屈め、友禅へとまっすぐ向かっていた。

「兄貴達が二人で向かってこようと、俺には勝てない!」

 指を鳴らすように強く擦る。クオウの右手からけたたましい超音波が発せられる。他の狗鬼よりも聴力が特化している友禅にはひとたまりもない。顔を歪めクオウへの目線が外れた。

 クオウは友禅の懐にするりと滑り込み地面へと叩きつけた。

「友禅!!」

 激しく轟く岩の地面は脆い菓子のように砕け友禅の身体を飲み込んだ。





 一変して静寂が訪れる。崩れた岩から立ち上がったのはクオウだけだった。クオウの足元から友禅のうめき声が漏れる。

「……お前……何故……」

 狗鬼の持つ能力は一人につき一能力のはずである。だが、目の前のクオウは複数の能力を使い分けている。

「だから言ったろ? 兄貴達は俺には勝てないって」

 哭士に向き直ったクオウの足元から、何かが掠め飛ぶ。

「!!」

 避けるように飛んだその高さは、直前の動作からは考えられないほど高かった。

「流石だね。友兄」

 余裕の表情でクオウは友禅に不敵な笑みを漏らす。

 ごとりと重い音と共に自身の身体を押さえつけている岩をのける友禅。表情は苦痛にゆがんでいる。

 その様をちらりと見ただけで興味をなくし、クオウは哭士に向かう。





「これ、何だ?」

 取り出したのは、鈍く光る石。

「その男の狗石だよ。これ、どうすると思う?」

 今までの戦いを呆然と見つめていたGDの男の表情が恐怖に歪む。


 散らばっていた狗石の欠片が哭士の脳裏にちらつく。クオウの指の間に挟まる狗石を見、男が叫ぶ。

「や……止めろ……! 止めろォォ!」

 男がクオウへと飛びつく。だが、クオウは僅かに身じろいだだけ。だが同時にコキリ、と軽い音が妙に耳に残る。

 男は両足を押さえ狂ったように声を張り上げた。

 その様子にクオウは満足そうに微笑んだ。

「止めろって? ……嫌だよ」

 ゆっくりと狗石を口に運び、そして噛み砕いた。苦痛に吠えていた男のそれは、絶望が混じった叫び声へと変わる。

 男はそのまま周囲の死体に倒れ伏し、同じものへと変わった。




「お前……!」

 クオウに飛びかかろうとしたその瞬間、哭士の横の壁が瞬時に形を変え襲いかかる。

「!!」

 身を屈め横に飛びずさり、すんでのところで壁をかわした。また他の狗鬼がいるのか、状況は悪化するばかりだった。

 だが哭士の思惑とは別に、クオウはこともなげに言い放った。

「ふうん、さっきの狗鬼はこういう能力か。まあまあ使えるか」



 哭士は耳を疑った。クオウの言葉どおりならば、食べた狗石の持ち主の能力をそのまま使うことができるらしい。

「……一体、今までに何人の狗石を……」

 体中、総毛立つのを感じながら、哭士はクオウに問う。だが、クオウは気にもとめずに言い放つ。

「さあ? 数えてなんかいないよ。地味で使えない能力が殆どだったなぁ。せっかく俺が喰ってやったのに」

 低く、唸るような声が哭士と友禅に発せられた。



「……兄貴達も狗石をよこせよ。俺の一部にしてやる」




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