5―4.進行
「被害はかなり大きいです。動ける狗鬼は我々を抜いて数名」
嵜ヶ濱村から数キロ離れた地点。目的地へは到着したものの、鬼頭の襲撃により哭士らと共にトレーラー内部に居た狗鬼達の半数以上が毒にやられ、まともに動ける者は少なかった。
「囮、という事でしたが、我々は我々の目的に向かい行動します。それで良いでしょうか」
「……」
残った革新派の狗鬼達に異議を唱えるものは居なかった。
やがて時が定時を回り、哭士達は残っていた革新派の狗鬼らと共に海を渡った。
色把は哭士の腕の中で小さく身を縮こませていたが、その顔に恐れの感情は浮かんではいなかった。
だんだんと大きくなってくる島の影を見つめ、何かをじっと考え込んでいるようだった。
「我々は潜伏している先発隊の援護に向かう。……健闘を、祈る」
島に上陸した革新派の狗鬼らはあっという間に闇に紛れ姿を消してしまった。
上陸した時点での戦闘を予想していたが、あたりはしんと静まり返っている。
哭士達は戦う力を持たない色把と、戦闘経験の無い苑司を囲うように慎重に進み始めた。
「おかしい。他の狗鬼の気配がしない。GDも要撃しているはずでは……」
進行を始めてから数分、菊塵の瞳がぐるぐると周囲をめぐる。友禅が静かに口を開く。
「数人いました。今までで気づいた者たちについては逐次、私の能力で封じていましたが」
「嘘、気付かなかったけど」
ユーリが周囲に影響しない範囲で驚きの声を上げる。哭士も数人の気配を感じ、すぐに消えていく事を確認していたが、全てを捉えていたわけではない。友禅の感知の力は哭士のそれよりもかなり上回っているようだった。
洞窟の入口に差し掛かり、生臭い匂いがその場にいる者らを包み込んだ。苑司は小さく唸り目を細めて先に転がっているそれをできるだけ視界に入れないようにしている。
「おーおー、派手にやってるねぇこりゃ」
ユーリに奥する様子は感じられない。
「前線は洞窟内部ですね。未だ【神】に到達したものはいない。……一筋縄ではいかないようです。十分気をつけて行きましょう」
周囲に狗鬼の気配は無い。
「行くぞ」
哭士が先頭に、洞の中へと足を踏み出した。
内部は意外にも、かつてより人が踏み入った形跡があり歩きづらさは感じない。
「……すいません、音が反響して……外にいた時よりも他の気配を探り辛くなってしまいました……」
洞窟に足を踏み入れて数十メートル、片耳を抑えながら友禅が申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「何言ってんの。ここに入る前に他の奴らの足を止めてくれてたんだから万々歳だっつーの」
ユーリはちらりと友禅を見やった。それを受けて友禅は肩をすくめて困ったような表情を浮かべた。
数十メートル進むとすぐに分かれ道が現れた。
「恐らく、中はこのような分かれ道が複数続いているはずです。一つ一つ繰り返している時間はありません。地図通り進みましょう」
「……おかしい。地図上ではこの先も道があるはずなんだが」
哭士達の前には岩壁が立ちはだかっている。行き止まりだった。
「キク、お前、間違えたんじゃねーの?」
菊塵の手に持つ折り畳まれた地図を覗き見ながらユーリが茶化すように言う。
「いや、俺も確認していた。間違いは無い」
哭士も確認をしていたが、間違いなく記憶した地図上では道が続いていた。
菊塵の手から奪った地図を広げ、ユーリが声をあげる。
「途中、描かれてない部分もあるぜ。信用していいものかねぇ」
「斥候の情報から作られたものです。描かれている部分に関しては確実なはずですが」
「一旦、分かれ道まで戻りましょう」
友禅の言葉に、全員がぐるりと向き直り、来た道を戻り始める。
だが、数分歩いても先ほど進んできた分かれ道が見当たらない。
「狐にでも化かされてるみたいだな。ああ楽しい」
ひたすらに続く直線にユーリが鼻で笑いながら手を振り回す。
「恐らく、他の狗鬼の能力でしょう。地形を変える能力か、もしくは……」
「幻でも見せられてるってか? この感触は幻じゃないと思うけどな」
黒い岩壁をユーリが拳で軽く打つ。拳に対して重い音が返ってきた。
「だが術中にはまっていることには間違いがない」
自然に哭士達は苑司と色把を中心に小さく輪を作り、全員が警戒を強めた。ユーリはまだ壁に手をついている。
「うおっ!」
ユーリの体が傾ぐ。強固な岩壁が突如音もなく崩れ、ユーリは崩れた先に転がり落ちる。
「ユーリ!」
苑司の声と同時に哭士の視界の端で何かが動く。僅かに人の影がちらつくのを哭士は見逃さない。
だが、それは一瞬の事ですぐに岩の中に溶け込むように消えてしまった。
「色把、近くに来い!」
哭士が色把へと向き直ったその瞬間だった。
『!!』
色把の足元ががらりと崩れ、突如開いた穴へと吸い込まれる。足元が崩れる予兆は今まで無かった。ユーリの近くの岩壁を崩したのも狗鬼の能力であろう。足元がぐにゃりと曲がり、菊塵と友禅の反応が一瞬だけ遅れた。
「色把!」
手を伸ばすが、僅かな差で間に合わない。色把の指先まで穴に落ち切った所で地面が穴を塞ぎにかかる。
哭士はじわじわ閉まる穴を、自身の氷で押し広げる。だが、狭まる速度は遅くなったものの、確実に穴は塞がりつつある。
「哭士、追いましょう! 私も行きます」
友禅の咄嗟の言葉に哭士は頷き、穴の中へと身を滑らせた。
「僕達も何とか追いつきます! 色把さんを!」
穴に消えてゆく友禅は、菊塵に視線で答えた。そのまま穴は消えて無くなった。