5―3.車上戦
激しい音とともに目の前が開けた。鉄の扉は吹き飛び、跳ね上がりながら小さくなってゆく。
体が持ち上がりそうなほどの強い圧に哭士は踏みとどまる。傍らでバランスを崩した色把を抱き抱えた。
トレーラー内部の備品が扉と同じく相当数吹き飛んだが、同時に内部の毒も全て取り払ったようだ。息を吸っても異常は感じられなかった。
「バッチリだ! 苑司やるじゃん!」
わしわしと頭をかき回すユーリ。
「……」
苑司は緊張から解放された為か呆然としている。
「運転席へ向かいます」
菊塵が出口付近に残っていた鉄扉の破片をちぎり取り、トレーラー上部へと登る。破片を屋根に突き立て、振り落とされぬように身体を支える。哭士も氷の突起を生成し屋根へとしがみつき、一度バランスを整え立ち上がった。
友禅は苑司と色把の防護と、革新派の狗鬼の救援に回ったようだ。ユーリが続いてトレーラー上部へと登ってくる。
「……おかしい。まだ大型車が並走している」
最初に並走していた幌がかかった大型車。何度もこちらのトレーラーが路側帯に衝突しているというのに、距離を空けるでもなくスピードを落とすわけでもなく不気味にぴったりとくっついている。
「おい! 来るぜ!」
ユーリの短い叫びと同時に大型車両の扉が開き、三人の人物が飛び出してきた。
カーキ色の軍服に身を包み、まっすぐにトレーラーの上部へと飛び乗る。この軍服には見覚えがあった。GDのものだ。すかさず哭士は飛び乗る一人に足払いをかけ、トレーラーから落としにかかる。顔色が変わった菊塵に向かい、哭士は叫んだ。
「菊塵、お前は運転席だ! ユーリ、菊塵の援護を!」
「合点だ!」
哭士の声を合図に菊塵とユーリは進行方向に向かって進む。揺れる車上はバランスを取るのが難しい。
GDの狗鬼は哭士が応戦した様子を気に止めるでもなく、残りの二人が菊塵とユーリを付け狙う。
哭士は一人に向かって能力を放ち、その足をトレーラーに固定し時間を稼ぐ。すかさず菊塵はその隊員を銃で狙う。だが、それを察するとすぐに出てきた大型車へと引き戻っていった。ユーリは菊塵の背後に回り、向かってくる最後の隊員に意識を向ける。
「これでも……くらいやがれ!」
ユーリは敢えて自身の前方へと壁を生成し、相手を勢いよく叩きつけた。空気の壁は移動するトレーラーに置いていかれる形で後方へ進む。向かってくる壁とユーリの叩きつける力に挟まれ、決して軽くはない音が後方部に居た哭士の耳にも十分届く。そのまま隊員は激しく転がりながら倒れ込んだ。
「!!」
哭士は突如、後方から引き倒される感覚に、身をよじって手をつきその場を離れた。また隊員が現れたのだ。
すかさず二人から両足に組み付かれた哭士は、激しく背中から叩きつけられる。背を突き抜ける衝撃に肺から空気が押し出された。
「早池峰!」
ユーリが援護しようとこちらに足を向けるが、哭士はそれを目で断る。背中を大きく反り、耳の後ろで逆手に手を突きながら組み付いた男たちを蹴り上げた。すぐさま組み付いてきた二人が攻撃を仕掛けてくると思われたが、後ろへと退き、背後から現れた別の男と代わる。
腹部を狙って下ろされる足を氷で止め、一瞬止まった男を狙いすますが、傍らから別の隊員が攻撃を仕掛けてくる。その隙に哭士が狙っていた男は大型車へと引きもどる。
「……きりがない」
倒れた仲間には見向きもせず、併走する大型車から続々と隊員が現れ、そして引きもどる。皆、一様に目に生気がなく、他の物と声を交わすわけでもない。それでも統制が取れ、甚大な痛手を追う前に撤退し別の隊員が同じように向かってくるのだ。
気味が悪い、と哭士は感じた。
その間にも哭士を挟み撃ちにしようと向かってくる者たちを素早く避け、一人を殴り落とす。背後から羽交い締めにしようと回ってきた男を掴み、飛びかかってきた者へ投げ飛ばす。短いうめき声を上げるだけで、激しく表情を崩すこともない。人形を相手にしているようだった。
致命的な部分は決して狙わず、じわりじわりと少しずつ確実に攻撃を仕掛け、そして逃げてゆく。相手側に大きな損傷を与えられないのは思いの外、焦りがつのる。
これでは埒があかない。相手の大型車を足止めするのが得策だろう。哭士は大型車のタイヤへと意識を向けた。
※
菊塵は駆動車の側部にある手すりを伝って降り、運転席の窓を割る。するりと運転席へ身を滑り込ませた。何故かユーリまで内部へと滑り込んでくる。
「ユーリ、ここはいいです。哭士の援護を」
血を吐いてハンドルへもたれ掛かっている男を脇に寄せ、菊塵がハンドルを握る。
「だって早池峰、超恐い顔でこっち睨んで、助けはいらねぇって目で言ったもん」
カーブに差し掛かっていた車体はぎりぎりで道なりに進み、激しく揺れていた車体はようやく安定を取り戻した。
「おおおおい! 前っ! 前っ!!」
並走していた大型車が突如スピードを上げ、目の前に滑り込む。
「ブレーキ! ブレーキィィ!」
悲鳴を上げているユーリを尻目に菊塵はハンドルを大きく切る。滑り込んできた車両と交差する形で衝突をすんでのところで免れる。
「一体、何なんだよこいつらは!」
大型車と再び並走する形になり、菊塵はちらりと横目で大型車の運転席を見やる。同時に並走する大型車の側部に氷が突き刺さり、幌が破れた。
「!!」
一瞬、菊塵が何かを捉え、その顔に動揺が走る。
「まさか……」
尋常ではない菊塵の様子を、ユーリが訝しげに見つめた。
「ユーリ、代わって下さい!」
ユーリの腕を掴み、菊塵は無理矢理ハンドルを掴ませた。
「ちょ、ちょっと! キク! ちょっと待ってぇぇ! これどうすりゃいいんだよ!?」
悲痛な叫びを他所に、菊塵はにべもなく言い放つ。
「そのまま持っていれば多分大丈夫です」
「多分って……! 俺、原付免許しか持ってねぇんだけど!」
ユーリの声を背にし、菊塵はトレーラー側部の手すりを掴み後方を見つめる。
「……!」
車両の上部へ姿を現した見覚えのある人物の姿を見とめ、菊塵は息をのんだ。
他の隊員と同じようにカーキ色の軍服に身を包んだ男。全くの普通の様相であるのに、何故か目を引く。
真っ黒な短髪に、冷たい瞳。鉄で覆われているかのように顔に張り付いた皮膚は微動だにしない。
菊塵の全身が一瞬にして粟立った。
大型車の進行方向に、氷の床が突如現れる。その上へ水が容赦なく注がれた。哭士と友禅の能力である。
氷の床へ突っ込んだ車両は、地面との摩擦を瞬間的に失う。タイヤが空回りする音と同時に大きく揺さぶられた車は側壁へと激しく接触した。
男の視線は菊塵を鋭く射る。心臓が早鐘のように鳴り始めた。
そのまま車体を大きく振り遠ざかる大型車を、菊塵は戦慄きながら見つめていた。
「キク、どうしたんだよ」
運転席へ戻った菊塵は、静かに運転に戻る。心中を落ち着かせようと深く息を吐き出した。
「……最悪です。……猟犬に目をつけられました」
顔色が悪くなっているのがユーリにもわかるだろう。
「猟犬だァ?」
「鬼頭 隆二……。曽根越 久弥と肩を並べるGDの幹部……かつての莉子の上官です。よりにもよって奴が……」
珍しく焦りの表情を見せる菊塵にユーリは妙な声を上げる。
「奴は、完全なる統制力で任務を遂行します。奴を中心とした『群れ』を作るのです」
各個での行動に任せ個体の行動を尊重し、自身は狙ったものを執拗に付け狙う鬣犬のような曽根越久弥に対し、鬼頭はまさに猟犬である。全てを統率し、完璧に自身の管理下に狗鬼を置く。
「恐らく、僕たちに直接、警告しに来たのでしょう。これ以上進めば、容赦はしない、と」
割れた窓から風が強く吹き込み菊塵の髪が激しく靡く。視線は鋭く、前方をただひたすら見つめていた。