5―1.革新派と共に
「すっげーよな、こういうの。結城の所もこんな感じだったけど、それ以上だよ。映画みてえ」
その場に似つかわしくない声ではしゃぐのはもちろんユーリである。
現在、嵜ヶ濱村に向かい大型のトレーラーが走行している。その中に哭士達を含む革新派の狗鬼達が所狭しと詰め込まれていた。
「す、少し静かにしたほうがいいよ……睨まれてる……」
小さな声で苑司がユーリの裾を引く。
まさに、軍人と言い表すにふさわしい無骨な男がぎろりとユーリと苑司を睨んだ。
「遊びに来ているわけでは無いのだ。何故、囮とはいえ彩子様はこんな者らを遣わせて来たのだ。早池峰の狗鬼と元GDさえ居れば十分ではないのか」
当のユーリはこのような言葉に慣れているのだろう、気にもとめない様子でにやりと笑った。
「言われちまったね、どーする? 苑司」
蒼い瞳に映された苑司は、息を小さく吸い込んだ。
「いえ……あの……」
そのまま居心地の悪さに身を縮こまらせた。
「せいぜい目立って、あちら側の注意を引く事だな」
言葉を吐き捨てた男と入れ違いに奥から菊塵が戻ってくる。元GDとして現在のGDが行動しうる内容を革新派の狗鬼らに伝え、現在の状況を収集してきたのだ。
「斥候によれば、相当の数の狗鬼が嵜ヶ濱村の周囲、及び地下へ集まっているようです。GDの狗鬼の数は確認できるだけでおよそ三十、隠れている者の数を考慮すれば倍はいると思って良いでしょう。革新派の狗鬼は凡そ百二十。地下の大まかな地図も先に突入した隊から送られてきています」
菊塵は哭士達の目の前にあるテーブルに地図を広げ出す。【神】が居るのは嵜ヶ濱村の地下に広がる巨大な洞窟だ。
「ここまで内部が分かっているのであれば【神】の元へ到達している隊がいるのではないか」
哭士の言葉に菊塵は首を振った。
「GDに何の動きもないそうです。革新派の前衛とGDとで膠着状態になっていると考えられます。互いの動きを警戒しているのでしょう」
「そこに『餌』を投げ入れるわけね。やり方、汚ねえよ」
視線の先には、哭士の隣に座り込んでいる色把の姿があった。
「まさか、色把を連れて来いと言われるとは思っても見なかったぜ」
彩子からの指示は、早池峰家に居る狗鬼と『籠女』の全てを出陣させる事であった。戦力外の苑司や【神】の器である取那と同じ容姿を持つ色把を同行させる事で、既に嵜ヶ濱村に潜んでいるGDの注意を引く算段なのだろう。加えて、元GDの菊塵、早池峰家の兄弟二人ともあれば、目立たないほうがおかしい。
『私、元からこちらについて来るつもりでしたから』
「……そうは言ってもさぁ」
顎を掻くユーリ。
「曽根越久弥とやることはそう変わりません。同じなんですよ、結局は」
吐き捨てるように菊塵は呟いた。
周囲で準備を進める革新派の部隊は敵では無くとも、仲間でもないと言いたげにこちらを見つめている。彩子の命令で仕方なくといった様子が明らかだ。
囮としての立場を与えられた哭士達は、恐らく危機が迫ったとしても助けは期待出来そうにない。隊の中でも孤立無援の状態である。
「仕方がありません。隊の作戦内に組み込まれたとしても、彼らの紀律が分からない我々では足手まといになるだけです。遊軍であると考えて、私たちは私たちの目的を遂行する事を一番に考えましょう」
友禅は静かに言い放つ。
単独で嵜ヶ濱村へ向かっていれば、彩子への反逆とも取られ革新派からの標的になっていた可能性が大きい。その危険性がなくなっただけでも大きな力と言える。
「それで、島への突入は」
哭士が目の前の地図を見ながら菊塵に問う。
「あと二時間程で嵜ヶ濱村から数キロ離れた場所へ到達します。その後、それぞれの能力で海を渡り突入します。大丈夫ですか」
後半部分は苑司とユーリに問われた。彩子の命令でも連れてくるよう言われていたが、拾った捨て犬よろしく『ちゃんと世話するから!』というユーリの言葉も更に後押しされて苑司はここにいる。
「俺が苑司を担いで行けばいいか。キクと友禅はいいとして……色把はどうすんの? 俺と一緒に行く? もう一方の手、空いてますけど」
と言いながらふざけた様子で色把の前に跪き、手のひらを差し出した。色把が驚いて目を丸くする様子を確認し、その格好のままユーリは哭士をちらりと覗き見る。その様に自然にため息が漏れる。
「……俺が運ぶ」
「ですよねぇ」
待っていましたとばかりに笑顔を見せるユーリを振り払うように哭士は言葉を続ける。
「地図を見る限りだと、かなり入り組んでいるようだ。苑司と色把を守りながら進むとすれば、あまり複雑な道は通らず、かつ、できる限り最短で最深部へ到達したいが……」
「GDも革新派もそこを狙って多数の狗鬼を配置していると考えられます。囮である我々はそこへ向かうようにと……。争闘に紛れて進むにしても、この顔ぶれでは無理な話です」
菊塵の言葉に友禅が頷く。
「できる限り私の能力で相手の狗鬼の動きを封じます」
以前、哭士の三半規管を水の力で封じている。他の狗鬼にも有効な手立てだ。
「一度に封じられる狗鬼の数は」
哭士の問いに友禅は即答した。
「条件にもよりますが、私の半径十メートル以内なら何人でも」
友禅の言葉に哭士の片眉が上がる。
「……想像しているより、もしかするとだいぶ楽になるかもしれませんね……」
菊塵は驚愕の表情を浮かべた。