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4―18.庭にて

「無理無理! 無理だよ!」

 ユーリに早池峰家の庭に呼び出された苑司は、素っ頓狂な声を上げた。

「袖すり合うも多生のなんとやらって言うだろ!」

 外見が外国人のユーリが言うと妙な違和感を覚える。

「影鬼からお前を早池峰が助けたのも、俺の血で狗鬼になったのも何かの意味があるんだって! きっと! 多分! 恐らく! だからお前も行くんだよ! 嵜ヶ濱村に!」

 小柄な苑司の肩を上から掴み上げ、ぐらぐらとゆするユーリ。

「僕なんて足でまといになるだけだよ! 哭士くんや菊塵さんみたいに戦えるわけない!」

 苑司はユーリのゆする力に負けじとぶんぶんと首を振る。ぱっと手が離され苑司はよろめいた。

「……前の苑司ならな」

 腕を腰に置き、蒼い瞳が苑司をじっと見つめる。滅多に見ることのない真面目な顔つきに苑司は戸惑いを隠せない。

「友禅はわかんねぇけど、今までの戦いを見てきた中でキクや早池峰、俺には無くて、お前に出来る事があるんだよ」

「そ……それは?」

 廃工場で見せた影鬼との戦いを見るに、哭士と菊塵の戦い方には何の隙も無いように思えた。苑司はユーリの次の言葉を待った。


 ユーリが苑司の目の前で人差し指の先を揺らす。

「切る力だよ」

 苑司が狗鬼に目覚めた廃工場での出来事をユーリは語った。

 糸を操る狗鬼によって絡め取られたユーリ達は一切の抵抗が出来ずにいた。そこに狗鬼となった苑司が放つ風の力で糸を断ち切り、形勢が変わったのだという。

「キクは言うまでもなく物を跳ね返す力だから切る事なんて出来ねえ。早池峰の氷だって鋭利さに限界がある。俺も刃物を作れるっちゃ作れるが、手足を拘束されちゃ意味がねえ。あの夜の切るような風、あれが自在に出せりゃ俺たちの弱点を補える」

 真剣なユーリの問いに、苑司はその場から逃げることも出来なくなっていた。

「あの夜と言われても……」

 苑司自身はユーリを影鬼の攻撃から庇い、怪我を負った時点からの記憶は無い。自分の意思で能力を操ったことは一度も無いのだ。

「いいから、あの木に向かってちょっとやってみろよ」

 ユーリの指した先には小ぶりの松が一本。言われるがまま苑司は松の木へと向き直った。松の木をじっと見つめし、両こぶしを握る苑司。




 暫しの間を開けて、苑司は呟くような声を上げた。

「……ユーリ」

「ん?」

「能力って、どうやって出すの?」




     ※




「それじゃ扇風機の『弱』だろーが! チョー涼しい! じゃなくて、あー! もう! わっかんねーかなぁ! ハーッ! って感じに出すんだよ! ハーッ! って!」

 ユーリの声が庭に響き渡っている。細長い両腕を振り回し、先程から苑司に向かって何やら叫んでいる。

「前みたいに出せるだろ! 一回出したんだからさあ!」

「だから、それは覚えてないんだってば!」

 苑司の悲痛な叫び声がユーリの声に続いてあげられる。



「……あいつらは何をやっているんだ」

 通りがかった哭士が庭で騒いでいるユーリと苑司を見、怪訝な表情を浮かべる。

「嵜ヶ濱村へ向かうまでの五日間、苑司さんを鍛えるんだそうですよ」

 傍らを歩いていた兄が安穏とした声で応える。

「……あいつは苑司まで連れて行くつもりなのか」

 ユーリが嵜ヶ濱村へ向かうと言い放った事も驚いたが、狗鬼となった自覚も無いつい数日前まで一般人だった苑司まで嵜ヶ濱村へ向かわせようとしている。驚きと呆れが綯交ぜになった声を上げ、未だにふざけ合っているようにしか見えない二人を見つめる哭士。

「色々と彼も考えているようです。相談もされましたから」

 聞けばユーリは、友禅の病室にちょくちょくと顔を出し、世間話の傍ら色々と相談を持ちかけていたという。

 怪我が癒えた友禅が早池峰家に戻ってきた際、友禅に付いてユーリがいた事に僅かな違和感を覚えていたがそれでようやく合点がいった。



 何もない空間に向かって指さし、何かを必死に苑司に訴えているユーリに目を細めながら友禅は続ける。

「すごいですよ、彼。今までの貴方や菊塵さんの戦い方の癖も把握しつつありました。我々の能力を総合した時の長所、短所も心算し、それを補う方法を模索していました」

 本家で久弥を貫いたあの攻撃のタイミングも、菊塵の合図があったとはいえ、先天的なセンスがあったが故の成功だったのだろう。


「……模索の結果が、あれなのか?」

 『あれ』呼ばわりされたユーリは苑司を後ろから羽交い締めにして首を絞めている。見ている限り、どう先ほどの友禅の話につながるのか検討もつかない。

「私も不思議に思って聞いてみたんです。そうしたら、『それはナイショ』だ、そうですよ」

 肩をすくめて笑う友禅に、哭士は一つ大きなため息をついた。




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