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4―17.残されたもの

 修造に呼ばれ、ユーリは友禅の案内のもと、奥座敷へと足を運んだ。

 障子を開くと、修造はゆるりと頭を振り、目の前の座布団を促す。そのままユーリは修造の前に座り込んだ。

 孫と同じように鋭い目をしたこの老人に、普通の人間なら恐縮するのであろうが、この狗鬼にはそのような事は関係無い。緊張感など微塵も感じていないような表情で修造に問いかけた。

「一体、何の用事でしょーか?」

 問われた修造は、目を眇め息を吸い込んだ。

「そなたの、義母と妹さんの事でな」

 瞬間、端正な顔立ちに罅が入るように白い頬は凍りついた。

 言葉を失ったままのユーリを前に、修造は傍らから何かを包んだ布を目前へ差し出した。

「……これは?」

 長い睫毛が持ち上がり、修造へ向く。だが目の前の老人は答えない。醸し出す空気が、目が、目の前の包を開くように訴えていた。

 布を目の前に差し出されたその瞬間から、粗方の予想はついていた。

(開きたく、ない)

 時間が止まったかのような静寂が二人の間に流れる。それを壊すのは自分の手であることをユーリは知っていた。

 小さく震えそうになる手を必死で堪えながら目の前の布に手をかけ、一枚ずつ開いてゆく。



「……ああ」

 予想の通りだった。

 見覚えのある色の服、一緒に選んだ髪飾り、携帯電話、ハンカチ……。



 妹の千尋のものと、その母のもの。千尋の母はユーリからすれば義母に当たる女性である。

「引き取り手が、おらんでな……」

「だろうね……」

 声を絞り出した。心中を悟られぬように奥歯を噛み締めるが、それも徒労に終わった。

 自分の父は行方が知れない。狗鬼筋ではない一般人の義母と、狗鬼でも籠女でもない妹は、ユーリの本来の血筋である朱崎家からは既に切り離されていた。義母自身にも身寄りが無く、千尋と二人で仲睦まじく暮らしていたのである。

「……このような時にお渡しするのもどうかとは思うたのだが」

「いや……そんな事ないです、ありがとう……ございます」

 敬語で揺れる心を取り繕うが、その言葉は本心だった。突如として聞かされた妹の死を受け入れられないまま時を過ごしていた。主を失った物の数々を目の前にして、押し込めていた感情が溢れ出しそうになるのを堪え、ユーリは修造に頭を下げた。





 部屋を出る際に深く礼をして障子を閉めた。

「……知ってた? 妹の事」

「……ええ」

 この部屋へユーリを促したのは友禅だ。そのまま部屋の前で待っていたのだろう。ユーリは胸に抱えた布の包みを手のひらで軽く何度か叩いた。

「この人も、千尋も全然関係無いんだぜ。狗鬼も籠女も知らない普通の人間だった」

 うつむいたまま言葉を紡ぐユーリ。

「なのに俺を操るための人質にされて、結局死んじまった」

 胸元に抱えた、義母と妹の遺品。くるまれた布に指が強く埋まる。

「なあ友禅、狗鬼って何だ? 籠女って何だ? 何のために俺らはいるんだ? こんな悲しいことばっか起きるのなら、いらねえんじゃねえの?」

「……」

 問われても、友禅は尚、黙して語らない。

「俺、こんなことなら狗鬼や籠女や【神】なんていらねえと思う。奪いあって殺し合うなら、【神】なんてもん、名前ばかりのニセモンだよ」




「……私も、そう、思います」

 壮絶な経験をしてきた友禅もまた、ユーリと同じ思いを抱いていたのだろう。

 沈痛な表情を浮かべ、ユーリの胸に抱かれた包みをただただ見つめていた。


「……俺、決めたわ」

 まなじりを決し、ユーリは顔を上げた。

 軽く首をかしげる友禅に向けられた蒼色は、迷いが無かった。

「前、相談してた事。アイツを巻き込むのは忍びねえけど、後悔はしたくないからさ」

 そう言い放ったユーリの変わりように、友禅は一瞬だけ目を丸くさせたが、いつもの柔らかい表情へとすぐに戻った。



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