4―16.狗達の行方
早池峰家に集まった狗鬼らの表情は重い。
普段なら居間でくつろいでいるユーリも、周囲の空気に神妙な面持ちで卓についている。
「……キクの奴、遅いな」
何時もなら当たり前のように居るであろう菊塵の姿がない。哭士が菊塵に連絡を取ろうと携帯電話を取り出したとほぼ同時に襖が開いた。
「……すいません、遅くなりました」
表情が硬い。どうしたのかと問う友禅に菊塵は首を振った。
「まずは、色把さんのお話を。それからお話します」
促された色把は、嵜ヶ濱村の夢の話を語った。
仁という少年、姉の茜、村に訪れた黒い影の奇病、籠女と籠女狩り、そして、白く変質した茜の身体と仁の変異。
色把の夢の話を聞き、皆が息を飲んだ。
「茜と仁……。この二人はどうなったのでしょう……」
友禅がぽつりとつぶやく。
「……少し、気になることが」
色把の話を汲んで菊塵は一枚の写真を取り出した。漆塗りの卓の上を滑り、色把の前に差し出される。全員がその写真を覗き込んだ。
白黒でぼやけているが黒い背景に白い女が写っているものだった。
「……この女性……! 茜さんにそっくりです……!」
写真の中の女は悲しげな表情を浮かべ、遠くを見つめているように見えた。
「色把さんの夢が実際に起きた事であるならば、この写真は恐らく嵜ヶ濱村の中のものでしょう。……克彦氏の家にあったものです」
菊塵の言葉に修造が反応する。
「克彦はさくら達と共に嵜ヶ濱村へ向かい、そして変わった。執拗に我が家を訪れ何かを嗅ぎ回るようになった。そして哭士が生まれた後は狗石を……」
「恐らく、【神】につながる手がかりを探していたのでしょう。金の無心で訪れる傍ら、【神】の情報を……。そして本家にも組み入り【神】へと近づこうと企んだ」
――長年お前たちを見続けてきて、良かったと思うよ。これで俺は、全ての恐れから解放される
――あぁ、長かったなぁ。もう20年近くになるのか。俺が『あの方』と始めて出会い、心奪われたのは
本家で語った克彦の言葉。きっと克彦も嵜ヶ濱村に向かっている。
「なあ、ちょっといいか?」
全員が黙り込んだ重苦しい雰囲気を壊したのはユーリだった。
「克彦ってオッサンがこの家に出入りしてたのは、その【神】ってのを調べる為っつーのは分かった。でも、なんで早池峰の狗石なんだ? 言っちまえば本家の奴ら、契約を結べない早池峰の事を要らないって捨てたんだろ? 本家に取り入るにしても、早池峰の狗石なんて欲しがらねえと思うんだけどな」
実際に、カナエ本人が哭士を気に入り、狗石を手にしたことはあったものの、本家そのものは哭士を不要としている。
『……哭士の寿命と何か関係があるのでしょうか』
「……分からない。寿命を迎えるまで奴の走狗として使うつもりだったのかもしれないがな」
克彦の行動に謎が残る。これ以上考えても答えは出そうになかった。
「ところでキク、お前さっきはどうしたんだ。遅刻なんて珍しいじゃん」
再びの沈黙を破ったのは、やはりユーリだった。
「それなんですが……本家が落ちてから様々な情報が飛び交っていまして。革新派が動き出したと同時にGDの残りもまた【神】を手に入れようと嵜ヶ濱村へ向かうとか。情報をまとめるのに時間がかかりました。残った者らが【神】を手に入れようと、全面戦争が起こりつつあるようです」
「彩子様は何と?」
友禅が菊塵に問う。以前、哭士らへ嵜ヶ濱村へと向かうように指示した桐生の妻、彩子。彼女が革新派の指揮者だ。
「以前の命令と同じです。革新派へと付き、彩子様の指揮の下、嵜ヶ濱村へと向かい、【神】と【神】の器の奪取を援護するようにと」
だが、生まれた双子の片割れを幽閉していた事を知りながら沈黙を続けていた彩子に対し不信感を持っていた哭士らは、本家の件もあり回答が保留になっていた。
「そんなん、無視でいいじゃんか。俺たちだけで嵜ヶ濱村へ行こうぜ」
頭の後ろで手を組み、ユーリが声をあげる。
「お前も来るのか」
嵜ヶ濱村へ乗り込む気のユーリに哭士は意外そうな声を上げた。
「ダメ? 乗りかかった船じゃん。ここで行かないなんて薄情だと思うけどなぁ」
ユーリは衒いも無く言い放つ。
「しかし、我々が単独で乗り込むのは得策ではありません。何せ、嵜ヶ濱村にはGDが居る。曽根越久弥と同等の戦闘経験を持つ狗鬼らが全力で【神】を目指すはずです。あのレベルの狗鬼らに何も準備などなく挑めば、たとえ早池峰の血を引く狗鬼が二人居たとしても、無事では済まないでしょう」
「ならば、どうする」
哭士の問いに菊塵は一つ頷き、全員の顔を見渡した。
「敢えて革新派、彩子様の傘下に入り【神】を目指す」
菊塵の言葉に、皆、目を丸くした。
単独で向かえば、革新派からも敵とみなされる可能性が無くはない。ならば革新派の狗鬼らに混じり嵜ヶ濱村へと進行すれば、GDとの戦力の差を補い、尚且つ効率的に【神】を目指すことができる。そう菊塵は語った。
「哭士、賭けてみないか」
菊塵が見つめる。
「ああ」
哭士の一声に、皆が一斉にうなづいた。
「祖父様、彩子様へその旨の通達を。僕が筆頭に皆を率いて革新派の部隊として従いますと」