4―12.やさしい命令
菊塵が部屋を出たあと、ユーリも気まずさにそろりと部屋を抜け出し、友禅と二人きりになった。
だが、友禅は哭士を咎めるわけでも何を問うわけでもなく、ゆっくりと哭士に言葉をかけた。
「今は休んだほうが良いです。顔色がとても悪い。目が覚めたら、今までの事、これからの事、時間は足りないでしょうが……夜までじっくり考えて下さい」
そう言い残し、衣擦れの音と共に友禅の気配は遠ざかっていった。
体が重い。
自身の統制外で能力が暴走し、体力が奪われているのは明らかだった。
よもや自分の力を抑制出来なくなるとは。哭士の中で動揺が広がっていた。
哭士の聴力が捉えた『自身に迫る寿命の影響』。
このまま眠り、意識が投げ出されたその時、また先のように能力が暴走してしまわないだろうか。
その時、自分は目覚めることが出来るのだろうか。
そうでなくとも、目覚めた時にこの身体は動いてくれるのだろうか。
思考が回る、回る。眠るという事を手放し、哭士の心中は揺れていた。
その時であった。
自身の体温で温められた布団の感触とは別に、身体をやんわりと包む感触が哭士に訪れた。
――暖かい
意識が少しずつ深淵に落ちていくのを感じる。
傍らに人の気配を感じ、重くなる瞼を押し上げた。
――色把?
真っ直ぐな黒髪、伏せられた睫毛。近くもなく、遠くもなく、互いの顔が見える位置に座り込み、横たわる自分を見下ろしている。
かつて同じ光景を見た。その時もまた、自分は弱り眠っていた。
――ああ、狗石を……。
以前と異なっているのは、恐々とした表情では無いということ。
そして、色把の手中に狗石が握られていること。
狗鬼の自由を奪い、従えさせ、砕けば死に至らしめる狗鬼の命とも言うべき狗石。
それを色把が握っている。
能力が暴走せぬよう、身体を休ませるよう、穏やかに眠れるよう。色把の手に包まれた狗石から『命令』が送られてくる。
――そんな命令をする奴があるか
そう心中で呟くと同時に、額に柔らかな手が乗せられる。
その手はゆっくりと動かされ、考える力すら奪われてゆく。
温い水の中を揺蕩うような――
――この、感情は
そこで哭士の意識は沈みきり、暗闇の中にふっと消えた。