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4―8.籠女狩り

 ある日の夜の事だった。

 仁の寝室になんの前触れもなく大きな物音と悲鳴が響き渡った。

「!!」

 仁は布団から飛び起き慌てて廊下へ飛び出すと、村長と清太郎が丁度廊下を駆けて向かってくるところであった。

「仁! 暴動だ!」

 清太郎が叫ぶ。

 治療費を払えず、屋敷の外で溢れていた者らがついに業を煮やし、籠女の血を奪いにやってきたのだ。

 村長が清太郎に命じる。

「私は、中にいる籠女を逃がす。お前は茜と仁を連れて村の外れの洞へと向かえ! よいな!?」

 清太郎は力強く頷くと仁の腕を取り、屋敷の奥の奥へと向かう。

 茜の治癒の力は他の籠女よりもはるかに強く、一人別の場所へと隔離されていた。真っ先に狙われるのは茜であろうと村長は踏んだのだろう。


「茜! 無事か!」

 部屋へ駆け込むと、外の物々しさに茜も気づいていたようだ。清太郎と仁の元へ走り寄る。

「親父の言うとおり、村外れの洞へと向かう。俺からはぐれるなよ、いいな」

 村長の言う洞とは、島民しか知らぬ地下に広がる自然の洞窟である。進んでゆくと、大きな空間が広がり、さらにそこを抜けると島では滅多に使われない舟を置いておく場所に出る。そこまではかなり複雑に入り組み、慣れた者でなければ迷ってしまう。村外の者ならば絶対にわからない場所であった。



 屋敷の中を走り抜け、洞へと向かう。風に乗って悲鳴が聞こえ仁が振り返る。

「村が……!」

 集落がある方角から、ちらちらと赤い炎が立ち上がっている。その光景に三人らは暫し呆然と立ちすくんだ。

「きっと、親父がなんとかしている……行こう。逃げなくては」

 我に返った清太郎が二人を促す。

 今まで育ってきた村が燃えている。もうこれまでの生活には戻れない。

「畜生……! 畜生……!」

 暗い洞窟の中、何度も同じ言葉を繰り返す。二人の目には仁の両頬を伝う涙は見えていないだろう。




 洞へ向かう途中の道には、まだ暴漢らは行き着いていないようだった。洞窟の中の枝分かれしている道を何度も何度も抜け、ようやく広い空間へとたどり着いた。

 息切れを整える三人の吐息と、さざなみの音だけが空間に響き渡る。

「まだ、使えるな」

 清太郎が近くに備え付けてあった燭台に火を灯す。パチ、パチと爆ぜる音、燭台の火で黒い石壁が橙色に染まる。見上げると遥か高くに天井が見える。あまりの広さに対し火で照らされた範囲は狭く、心細さを感じた。

「まずは、ここまでくれば大丈夫だろう。親父はうまくやれただろうか」

 燭台の近くへ二人を誘う清太郎。

「茜、仁、ここにいろ。万一の為に、舟が使えるか見てくる」

 清太郎は二人を燭台の元へ置いて、更に奥へと足を向けた。

 が、次の瞬間、清太郎は何かに気づき、二人を庇うように立ちはだかった。

「誰だ!!」

 身構える清太郎。だが、目に飛び込んできたのは意外な人物だった。



「おぉ、無事だったか。何より、何より」

 清太郎の父、村長だ。父親の顔に、一瞬力を抜いた清太郎だが、村長がここにいるべきではないと気づく。表情が険しくなる清太郎を他所に、村長は自身の背後に声をかけた。



背後から数人の男たちが現れる。皆武装し、こちら、いや、茜をギラギラとした目で見つめている。

「親父、一体これはどういうことだ」

 茜と仁の前に立ちはだかり、村長を睨みつけた。

「籠女の大元を渡せば報酬は数倍になるそうだ……、清太郎、茜を寄越せ」

 清太郎の拳が強く握られた。

「ふざけるな!」

 自分の父親が籠女狩りに加担し、裏切ったのだ。清太郎は混乱し、そして怒りに打ち震えていた。

「何の為にお前とその女の婚儀を許したと思ってるんだ。血で傷を塞ぐなど……気味の悪い」

「なあ、親父……嘘だろう……」

 清太郎は頭を振る。

「嘘なもんか。ほとほとうんざりしていたさ、こんな生活。そんな時に、目の前に金が転がり込んできた。籠女を引き渡せば、島の外で一生食うのに困らず生活していける」

「そんな事で村を、島の者らを見捨てるのか!」

 清太郎が叫ぶ。

 村長は答えない。ただ、薄笑いを浮かべて茜を見つめている。

「仁、茜を連れて洞を戻れ! 俺が時間を稼ぐ!」

 辿ってきた分かれ道の何処かに入ってしまえば、逃げる事が出来る。仁は茜の腕を強く握った。


 だが、次の瞬間、耳を劈く破裂音が響き渡った。

 茜の悲鳴に振り返ると同時に倒れ込む清太郎が目に飛び込んでくる。

「ほう、鉄砲とは便利なものだ」

 清太郎の胸が真っ赤に染まり、目は大きく見開かれていた。


 実の息子を、自身の欲の為にあっさりと殺めてしまうとは、目の前の出来事に仁の体が硬直する。

 このままでは、姉は捕まり、自分も清太郎と同じ運命を辿るだろう。

「姉さん!」

 全身に力を込め、もう一度足を強く踏み込んだ。仁は姉の手を取ったまま逃げ出そうとするが、再度響き渡る破裂音と共に足に衝撃が走る。そのまま地面に大きく倒れこみ、強かに体を打ち付けた。

「無駄だ」

 痛みに息が出来ない。撃たれた箇所は燃えるように熱く、血がどろどろと流れ出す。

「仁……!」

 茜は仁の傍らにしゃがみこむ。仁の足、そして近寄ってくる村長を交互に見つめた。



 茜は仁が持っていた守刀を抜いた。手のひらを切りつけ、仁の傷口にあてがう。見る間にふさがる仁の傷を見、茜が囁いた。

「仁、奥の舟の場所まで走りなさい。今の時期なら潮が一番近い村の浜まで運んでくれるはずだから」

「……姉さんは……?」

 仁の問には答えず、茜は村長と向かい合う。

「そんなものでこれに勝てるとでも思ってるのか。諦めてこっちへ来い。弟も助けてやる」

「勝とうなんて思ってない」

 ぴしゃりと言い放つ茜の言葉に、一瞬だけ村長の動きが止まる。


「貴方たちに与える血なんて無い……こうするのよ」

 茜は自身の胸に刀を突き立てた。仁はあまりの出来事に声を失う。

「な、何しやがる!!」

「籠女が!」

 村長が引き連れた男達が口々に叫ぶ。




 仁の頭の中は真っ白になっていた。僅かな時間のあいだに、兄のように慕った清太郎とそして姉が、動かなくなった。

 息が、手が震える。今まで自分を支えてきたものを一気に失い、仁は気づけば叫んでいた。



 後先など考えもしない。姉の言葉など忘れ、村長へと飛びかかった。

 だが、村長が怯んだのも一瞬であった。背後に控えていた男のうちの一人が、仁の背中に迷いもなく刃物を突き立てた。

「!!」

 そのまま地面に強く叩きつけられ、仁の意識はそこで途絶えた。

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