4―6.夢
仁の体に痣が浮き出てから数日が経過した。
いつもの様に畑仕事を行っていた清太郎のもとに、年老いた男が慌てて駆けてきた。
「大変だ! 痣がうちの孫にも……!」
男は仁の家に一番近い所に住む者だった。男の孫の腕にも仁と同じ黒い痣が浮かび上がり、痛みを訴えているという。
「まさか……あれは伝染するのか……?」
村人たちに動揺が広がった。
※
日に日に弱って行く弟。今は息も絶え絶えになっている。
元々体の弱い茜も、疲労が頂点に達しそうになっていた。傍で寄り添っているうちに、壁に体を預け、いつの間にか眠ってしまった。
夢の中でも仁は黒い痣に苦しんでいた。一つだけ違うのは、仁の腕に一本の線が走っているのだ。傷が治ったあとのようなテカテカとしたその部分に茜は思わず手を触れた。
自分の手のひらが仁の腕を撫でると黒い痣が消えてゆくのだ。ゆっくりと自分の手を上げてみると手のひらにも線が走っている。その傷に靄が吸い込まれているのだ。
気味の悪い状況に背中が寒くなるのを感じ、そこで目が覚めた。
弟の痣はいよいよ首にまで広がっていた。
布団を少しだけ捲りあげ、真っ黒に染まった腕を見る。夢とは違い勿論線などは無い。
腕をそっと撫でてみるが、何も変化は起きなかった。
――やはり、線を作るしか無いのか。
※
清太郎は動揺している村人たちを宥め、この日は作業を中断した。
新たに痣の病状が出た子供の腕を見ると、やはり仁と同じ痣で間違いは無いようだ。痛い、痛いと泣く子供に胸を痛めた。何か手がかりが無いものかと、清太郎は仁の家へ足を向けた。
「茜! 何してやがる!」
清太郎が家を尋ねると、刃物で仁の腕を切ろうとしている様が目に飛び込んできた。
草履も脱がずにドカドカと上がり込むと、乱暴に茜の腕を掴みあげた。
「待って、清太郎……お願い」
刃物を取り上げようとするが、茜は必死に首を振る。強い瞳、何かを確信したような表情。憔悴した上での混乱ではないようだ。
「……」
清太郎は茜の行動を見守ることにした。
仁の腕に軽く傷をつけ、自分の手にも傷をつける。一体何をしようとしているのか、清太郎には想像がつかない。
血が流れ出るその傷同士を茜は重ね合わせた。
すると黒い痣がみるみる薄まっていく。首から下の墨で塗られたような色は腕から順に無くなってゆき、元の肌の色へと戻る。苦しげな表情を浮かべていた仁は穏やかな表情で寝息を立て始めた。
「こいつは……何てこった……!」
驚愕の表情を浮かべる清太郎。
「……良かった……本当に、良かった……」
床板に両拳をつく茜、その間にぱたり、ぱたりと雫が落ちる。
「お前、体は大丈夫なのか?」
痣を取り除いた茜の体を心配する清太郎に、泣き笑いの表情で茜は頷いた。
隣家の子供にも仁と同じ症状が出たと聞いた茜は、その足で隣家へと向かい、苦しんでいる子供の痣も取り除いた。
数日おきに村人に痣が出る事が続いたが、その都度茜が傷を重ね合わせる治療で痣を消していった。
半月ほど続いたこの奇妙な病はやがて鳴りを潜め、村人たちの記憶から少しずつ薄れつつあった。
それからというもの、茜の体調も何故か格段に良くなり、外へ出で簡単な野良仕事も手伝えるようになってきた。
日にも当たらず真っ白だった茜の肌に今は健康的に赤みがさし、にこやかに笑っている。
不可解な黒い痣の病は、全てを良い方向へと導いているように思えた。