4―1.夕焼けの病室
夕日が差し込む友禅の病室に、哭士、菊塵、ユーリ、苑司、修造が集まった。本家での事件から一夜、桐生の元で治療を受けた哭士らは、本家で起こった出来事を修造へと報告した。
「そう……ですか。カナエが……」
カナエが落命した事を聞き、友禅は視線を落とし、そのまま沈黙した。
「本家がそのようなことに……」
修造の表情も硬い。今まで狗鬼、籠女らをまとめてきた本家が壊滅したのだ。無理はない。
「ご苦労であった。ユーリ、傷は良いのか?」
痛々しげに腕に包帯を巻いているユーリの姿が修造の目に留まったらしい。ユーリの籠女、アキも現在治療を受けているため、アキの血を十分使えないのだ。
「平気さ。三日も眠れば元通り」
おどけた調子でユーリは答えた。
負傷していた左足を再度痛めつけられた哭士も桐生の治療を受け、やや左足に違和感を残すものの、ほとんど回復していた。
「しかし……克彦が本家に現れ、狗鬼と共に消えたとな……。一体彼奴は何を企んでおるのか……」
克彦と共に居た狗鬼の口が『御代様』と放っていのだ。
レキに攫われた取那、双子の片割れを幽閉した当主の補佐である御代、それに仕える狗鬼と克彦……。
「全ては【神】につながるに違いない」
間違いないだろう。嵜ヶ濱村にその者らは向かっている。
哭士の言葉に菊塵が続ける。
「今までの間に早池峰家に出入りしていた克彦を、僕の部下達を使って徹底的に調べ上げている。奴の周囲に関する情報をもう一度洗い直す。やつが言っていた『あの方』についても何かが分かるかもしれない」
菊塵の言葉が終わると同時に、桐生が病室へと入ってきた。
「今、大丈夫かな? 苑司君が持ってきた薬品の成分が分かりました」
修造が了承すると桐生はいつもと変わらぬ表情で話し始めた。
「あの薬品ですが、生物へ大量投与すると、凶暴化し、その生物の身体能力を超えた力を発揮します。毛は長く伸び、歯列が鋭く尖るようになる……」
「それではまるで……」
本家から帰還した狗鬼達に動揺が広がる。
「そう、本家に現れたと報告された『紅い犬』ですね。その恒河沙という者は薬品を大量に与えられ、身体が変異したのです。彼の体内から同じ成分の薬品が検出されました。ビンのラベルに貼られていた「KOHJIN」という字は恐らく、「狗神」と書くのではないでしょうか」
狗鬼すら凌駕する紅い狗のとてつもない力。狗神と呼ぶに相応しかった。
「そんな恐ろしい薬品を何故……」
苑司は父から、結城に渡すよう言われたと言っていた。苑司の父もこの一連の件に何かしら関わっているのだろうか。
「この薬を入れていたアタッシュケースは、沢山の人の手を介して移動していた。恐らくこの薬を結城に送り届けようとした人物は出処を眩まそうとそのような手段を取ったんだろう。多分、君の手に渡る頃には、事情も知らないで運搬していた人が殆どだと思いますよ」
苑司の心中を察したのか、菊塵は切り出した、その言葉に苑司は僅かながら安心を覚えた。
「まあ、この薬、いってしまえば狗鬼の力の塊だね。正しく使えば狗鬼のように傷も治りも早くなり、身体能力も飛躍すると思われるよ。まだまだ分析は必要だけれどね」
それでは、と言葉を締め桐生は病室を後出て行った。
「それじゃ、俺もアキの様子でも見てから帰ろうかね」
桐生が部屋を出た事を皮切りに、一人、また一人と日が傾く病室を後にし始めた。
最後に哭士が病室を出ようと友禅を振り返る。
いつになく険しい表情を見せている友禅に気づく。
「……友禅」
哭士の声に友禅がはっと顔を上げる。
「あぁ、すいません。色把さんにも宜しくお伝えください」
一瞬でいつもの表情に戻る。その心中に何を浮かべているのか、哭士に聞き出す事は出来そうにない。一度頷くと、哭士も病室を後にした。




