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3―34.老兵は嗤う

 ユーリの髪が、怒りでざわつく。

 紅い瞳は、久弥を憎悪で包み映し出している。だが、今久弥に飛びかかろうものなら、アキの細い首に、鋭いナイフが迷い無く走らされる事だろう。

「ユーリ、落ち着いてください」

 肩を並べた菊塵がユーリに静かに語りかける。

「落ち着いているさ。十分に!」

 その言葉とは裏腹に、ユーリの語気が強まる。籠女を守る本能で、意識が戦う方向に向いているユーリは軽い興奮状態に陥っていた。戦闘に対しての洞察力、行動力に関しては抜きん出て高くなるが、他の冷静な判断に欠けてしまう。ここでうまくユーリを制御しなければ、アキの身が危ない。


 菊塵はユーリの腕をがしりと掴んだ。反射的にユーリの全身が強張り、菊塵の手を振りほどこうとする。

「仲間割れ、大いに結構」

 久弥が茶化すように言う。久弥の言葉に更にユーリは身を屈め、今にも飛び掛らんとしている。

「ユーリ」

 静かに名を呼ぶ菊塵の目とユーリの視線が重なり、強張った腕が僅かに緩まった。



 それを見計らったかのように、哭士は久弥に向かって飛び出す。久弥のナイフがアキの首筋に向けられる。

 ナイフは久弥の思惑とは別に、久弥の腕は軋みを上げ、思うような動きが出来ない。

「……なるほど」

 笑みを浮かべる久弥の視線の先には、久弥の腕ごと凍らされたナイフが光っていた。

 手首が固定され、アキへ向けたナイフが一瞬遅れたのだ。その隙を哭士が狙わないはずが無い。真直ぐに飛び込み、腹部に拳を叩き込む。だが、手ごたえの一つも感じない。久弥は能力で自身の身体を透過させ、哭士の攻撃をすり抜ける。

 同時に、久弥の脇に抱えられていたアキも透過された腕をすり抜け地面に崩れ落ちる。

「この所、随分身体が鈍っていた。久々に楽しい思いが出来そうだ」

 久弥の意識は完全に哭士へと向いた。久弥をすり抜け背後に回った哭士は右足を軸に左足を叩き込む。次も能力で透過されると思っての攻撃であったが、バシリと久弥の脇に抱え込まれる。思いの外、力が強い。哭士の左足は久弥の脇に固定された。

「……痛むのだろう? 先の戦いでも引きずっていたな」

 じわじわと右肘で哭士の左足に圧力を与える久弥。痛む左足がギシギシと軋み、喉の奥から唸り声が洩れる。

 左足の痛みが、哭士の脳を直撃する。思わず体中の力が弱まりそうになるのを必死に押さえ込んだ。

 このままでは左足が使えなくなる。哭士は短く息を吐き出すと抱えられた左足を軸に地面を強く蹴り上げた。くるりと哭士の身体が回り、久弥の顔側面に蹴りを放つ。同時に左足にも激痛が走るが、瞬間、哭士の身体は支えを無くし、うつ伏せに地面に倒れそうになった。やはり、透過されたようだ。

 両手で地面をついて久弥から離れようとした瞬間、哭士の背中に大きな衝撃が走る。久弥の足が哭士の背中を踏みつけたのだ。

 ここで動きを止めるわけにはいかない。右足を大きく振り、地面についた上半身を軸にして久弥に蹴りを繰り出すが、やはり久弥の透過の力で攻撃を与えることは出来ない。久弥をすり抜けた哭士の足に、すかさず久弥の拳が突き入れられる。

 久弥は哭士の左足が負傷している事を知り、そこを重点的に攻めてきている。



 哭士の放つ攻撃はことごとく透過され、その隙を縫うように久弥は攻撃を仕掛けてくる。一度に与えてくる攻撃は致命的ではないが、長引くほど不利になる。僅かに哭士の心中に焦りの色が見え始めた。

「若い兵隊は分かりやすい。身をもって知るがいい。最も恐れなければならぬのは、歴戦を生き抜いた老兵だとな」

 久弥が哭士に向かってくる。

「!!」

 哭士の顔が歪む。思わず左足に体重をかけてしまい、哭士の反応が一瞬遅れたのだ。その隙をすかさず久弥が狙ってくる。

「そら、右脇が御留守になっているぞ」

 左足に意識が向き、右側への意識が疎かになっていた。

 咄嗟に身を捻り、久弥の攻撃の直撃は免れたが、右脇に与えられる肺から空気が押し出されるような力に、思わず哭士から声が洩れる。

 足にうまく力が入らない。人間相手の戦いであれば、問題なく動ける。だが、相手は戦いに慣れた狗鬼だ。僅かな動きが命取りになる。



 一度久弥から距離をとる。

 地面に左膝をつき、久弥を睨みつける。押さえ込んではいるが、左足が更に痛みを増している。

 ちらりと視線を菊塵とユーリが居た場所に寄越す。二人の姿はその場所から消えていた。地面に倒れていたアキの姿も無い。ユーリか菊塵が避難をさせたのであろう。

 


 まずは、この足をどうにかしなければならない。

 哭士は目を細める。左足に硬い感触が広がっていく。痛みで力が入らない左足を、氷で囲う。急激に冷却されたことで、痛覚が少し弱まった。

「ほお、自分の左足を氷で固定したのか。中々機転が利く。だが、勢いだけの若い狗だ。経験が足りぬ。欠陥さえなければ、手元に置きたかった。さぞや立派な兵になった事だろうよ」

 倒れこんだ哭士を見下ろし、久弥が笑う。

「そんなもの、願い下げだ」

 哭士が放った氷が地面を走る。久弥の膝までを氷が覆う。だがそれも一瞬。久弥はいとも簡単に氷から足を引き抜く。

 右足で地面を強く蹴り、拳を突き出す。久弥がそれを軽く受け止め、強く引く。同時に哭士の腹部に向かって足を蹴りだす。

「!!」

 咄嗟に空中で身を屈め、久弥の腿を足場に、回転しながら宙を舞う。

 弧を描く哭士の軌道から、氷の槍が三本、四本と立て続けに久弥へと向かってゆく。だが、当然のようにそれをすり抜け、平然とした顔をしている。久弥の片眉がつり上がる。

菊塵やつが組んでいる相手と、期待を持ちすぎたのかも知れないな。まさかこの程度の戦いで終わるわけではなかろうな」

 辺りに地面で砕けた氷の粒が降り注ぐ。その隙を縫うように、哭士は背後から飛び掛る。

「いつまでこんな茶番を続けるつもりだ」

 構わず哭士は久弥に攻撃を仕掛け続ける。

 哭士の放つ拳が久弥の顔側面を掠める。

 突如、久弥が身を屈め、哭士の右太腿に向かって蹴りを放つ。避けきれないと判断した哭士は右足に力を込め、衝撃を最小限に抑えようと構えた。だが、久弥の足は、哭士の右太腿をすり抜ける。

「!!」

 久弥の狙いはあくまでも哭士の左足だったのだ。右足をすり抜け、久弥の足は内側から哭士の左太腿を蹴り上げる。

 哭士の左足を固定していた氷が空中に大きく散らばる。思わず哭士は声を張り上げ、その場に崩れ落ちた。


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