3―31.見えざる力
ユーリはGDの部隊員に、軍人のようなイメージを抱いていたが、目の前の男は哭士と戦っている男よりも体が細く、ひ弱な印象を受けた。
(悪いけど、こりゃ運がよかったかもしれねえ)
力で押してくる狗鬼との戦闘は苦手だった。透明な壁を足場にして攻撃を仕掛けるユーリの戦い方では、自身よりも力の強い狗鬼や、一際身体が頑丈な狗鬼に与えられる痛手は少なくなってしまう。
目の前の狗鬼は、自身よりも小柄で、さほど力が強いわけでもなさそうだ。
(能力さえ把握できりゃこっちのもんだ)
相手の能力を知り、その対処法さえ見抜けば、あとは自身の能力で戦うのみである。機動力に関しては、他の狗鬼に勝っているという自負があった。一対一で相手の能力さえ把握してしまえば、先に止めをさすのみ。
ユーリは相手の男に意識を集中した。
相手の小柄な男もまた、ユーリを警戒するように身構えていた。
だが、その男の口端が上に持ち上げられた。
「朱崎 龍」
自身の名を呼ばれ、ユーリは顔を上げた。
「お前の能力は知っている」
自身に満ちた男の顔に、ユーリ心中が苛めく。
「……だから何だってんだよ」
「ただ透明な板切れしか生み出せない貧相な能力だ」
ユーリは胸の前で腕を組む。あからさまな挑発に乗るわけにはいかない。
「貧相、大いに結構。んな台詞、聞き飽きてるんだよね!」
目の前にブロックを展開させる。大きく足を踏み出して、高く飛び上がった。五メートル程舞い上がり、足が天を向く。そのままブロックを蹴り上げ加速し、男へと拳を繰り出す。すんでの所で男は身体を右に屈め、ユーリの拳の出っ張りが男の頬を掠めたのみだった。やはり、早い。
男はユーリをやり過ごすと、素早く腰に差していたナイフを抜き取り、ユーリの右肩に向かって突き出してきた。
空気の壁を、僅かに地面に向くように生み出した。ナイフは壁に沿って滑り、男の予想とは反した軌道を描く。僅かに見える焦りの色を、ユーリは見逃さない。
男に向き直ると同時に、空気の壁を消し、前のめりになった男の顎に向かって足を蹴り上げた。
だが、大きな手ごたえを感じない。男はユーリの足の軌道すらも見極め、身を捩って避けたのだ。
見る間に足が掠めた頬に赤い傷が走るが、男は怯まない。
勢い付いているユーリの方にじわりと焦りが生じる。予想以上に、素早いのだ。
「どうした、その程度か」
男の言葉に、ユーリの歯が軋む。自身の能力は相手に知られている。まだ、相手の能力は分からない。このままでは致命傷を与えることは出来ない。
強化された銃がユーリに向けられる。硬い空気のブロックをも砕く強力なものだ。
(流石に……アレに当たればマズイ)
照準がユーリの心臓に合わさる。引き金に力がこもる一瞬の隙に、ユーリは身を屈め、溜めた息を一気に吐き出しながら男の懐へと飛び込んだ。
「!!」
銃を恐れ、よもや飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。
能力は一切使わず、男の両足に突進した。飛び上がろうとする男の足を、ユーリが一瞬早く捕らえた。そのまま男を地面に引き倒す。小さな砂の粒が周囲に飛び交う。
ユーリは男に馬乗りになり、みぞおちに向かってユーリの突きが入る。
瞬間、苦しげな男の声が喉の奥から洩れる。
(もう、一撃)
止めを刺せる。ユーリは全身に力を込め、右手を振り上げた。
次の瞬間だった。
ユーリの右腕を、熱い衝撃が駆け抜けた。
「!!」
突然の事に声も出せない。
右肩を、強化された銃の弾が抉ったのだ。振り上げた腕は、男に向かうことは無く、重力に負けだらりと垂れ下がった。傷口が熱い。抉られた傷の一部が、焼け爛れている。
左手で傷口を鷲づかみ、咄嗟に男の上から離れた。
誰かが自分に向かって至近距離から銃を放ったのだ。視線を泳がせるが、もう一人の部隊員は哭士と戦い、他の三人の久弥の部下達も、菊塵と莉子との戦闘に専心している。
静観している久弥も、手に銃を持っていない。何より男と自身の近くには、誰も居らず、立ち上がった砂埃に紛れて、誰かが近づいてきた気配も無かった。
(おかしい……!)
背中を伝う嫌な汗。残る可能性として考えられるのは、目の前にいる男の能力。倒れた男に視線を寄越すと、男は歯をむき出した。
「どうした。もう終いか」
抉れた肩を掴んでいる左手から、絶え間なく紅い熱が漏れ出している。
肩の肉が見えている。もう右腕は使えない。男の能力もまだ把握していない今の状態では、戦闘を長引かせれば長引かせるほど、状況は不利になっていく事を本能的に悟っていた。
ユーリは地面に足を突きたて、男の顔に向かって思い切り砂を叩きつける。男は咄嗟に顔の前に手を翳し、砂を防いだ。
「目潰しなど……! 小賢しい!」
ユーリはひらりと男から数メートル離れ、透明なブロックの上に立ち上がった。
男は砂がついた手を払い、顔に付着した砂を拭った。
「そうやって馬鹿の一つ覚えのように、空中から向かってくるだけであろう? 知恵の回らぬ、愚かな戦法だ」
ユーリは男の言葉に答えない。そのまますとん、と地面に降り立った。
「馬鹿は馬鹿なりに何とかやってやるさ。来いよ」
ユーリは目で男を誘った。