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3―27.動き出した争乱

 翌日。

 桐生から、自宅に戻っても良いという許可が下り、病院入り口で菊塵が運転する車を哭士は待っていた。

 踏み出すたびに痛んでいた足も、ようやく落ち着き、通常通りに歩けるようになっていた。

 病院の周囲は芝生と広い駐車場になっている為に、何も遮るものが無く冷たい風が吹き付ける。

「うー! 寒い!」

 傍らに立っているユーリは、首をすくめてボア付きのコートに顔を埋める。

 寒さには強い哭士だが、特段寒いところが好きというわけではない。

 病院入り口に車を乗りつけるのを、ぼんやりと待っていた。




 見覚えのある車が病院の脇に止められる。以前、哭士と色把を潜伏する為のホテルまで搬送したワゴン車だ。降りてきたのは菊塵だった。

「待たせたな、さあ行こうか」

 車に積み込もうと荷物を持ち上げた哭士が、ふと、こちらにむいている視線に気付いた。

 振り返ると、車から少し離れた所に見慣れた少女の顔。

 肩で息をし、哭士らを見つめていた。 




「菊兄様!」

 菊塵はその声に弾かれたように反応をみせる。哭士たちの背後に立っていたのは本家当主を守る狗鬼、黒古志莉子だった。

 早池峰家を襲撃したときには身奇麗だった服も、何故か今は煤のようなもので所々が黒くなり、白い肌にも無数の傷が走っている。

「何故、ここに」

 菊塵の言葉が終わるか終わらぬかのうち、莉子が必死の形相で言葉を発する。

「久弥が! 曽根越久弥がGDを引き連れて本家に……! 柳瀬アキも奴に……!」

 菊塵とユーリがほぼ同時にその言葉に反応する。

「何だって……!」

 ユーリの髪の毛がざわつく。

「ユーリ、待て」

 同時に、本家に駆け出そうとするユーリを哭士の短い言葉が制する。

 一瞬、自身の向かう先を見据えたユーリだったが、哭士の言葉に足を止める。

「GDは一人で行ってどうにかなる相手ではありません。莉子の話を聞いて状況を把握するべきです」

 続く菊塵の言葉に、焦る気持ちをユーリは押さえ込んだようだった。




 ワゴン車の中には、運転席に菊塵、助手席に莉子、後部座席にユーリと哭士が陣取る形になった。

「一体、何があったんです」

 冷静に問う菊塵。だが、口調は普段よりも強い。

「私にも、一体何が起きたのか分からない。突然、久弥がGDを引き連れて本家を襲い始めたの……狗鬼も、籠女も、使用人も……見境なく殺されて……」

 莉子は両手で顔を覆った。

「GDの侵入の連絡を受けてから、僅か数分の出来事だった。私がカナエ様の部屋に駆けつけると同時に、GDの奴らは押しかけてきた」

「それで、当主はどうしたんだ」

 哭士の問いに、莉子は顔を覆っていた手をゆっくりと下ろした。

「私が食い止めている間に、避難されたわ」

 本家の内部は、山の斜面を利用した部分もあり複雑に作られている。また、建物の中にも隠された通路が網の目のように張り巡らされているそうだ。相当な古い建物の為、老朽化して封鎖された通路や、本家の者すら把握しきれていない箇所もあるらしい。

 カナエは、諍いの騒音を聞きつけ、いち早く通路を利用し、屋敷のどこかに避難をしたそうだ。

「他の狗鬼達は当主を守らないのかよ?」

 ユーリが莉子に問う。狗鬼と籠女を統べる本家の頭だ。もっと厳重な警備をしかれていても良いはずである。

「古いしきたりで、当主を守るのは当主本人が指名した狗鬼だけ。カナエ様は、私と恒河沙を傍らに置いていたの」

 恒河沙の名が出、哭士の右眉がぴくりと反応する。

「その恒河沙も、居ないの……。こんなときに、こんなことが起こるなんて……!」

 やがて莉子は切々と語りだす。




 比良野色把をアービュータスビルから攫ったのは、カナエ自身の独断であったこと。それが、当主を補佐する御世の耳に入り、カナエは数日の謹慎を受けていたこと。

 恒河沙の失跡を巡り、カナエとの間に亀裂が入ったこと。

「本家は、カナエ様の言葉では動かない……。私たちが、守らないと……」

 カナエは当主という名を掲げるだけの、形だけの存在なのだという。カナエの命令で、本家そのものは動かない。

 莉子も、避難したカナエを保護しようと、必死に本家の狗鬼らに救いを求めたに違いない。

 だが、カナエを見失い、莉子は今、ここに居る。相棒の恒河沙も不在で、周りに手を差し伸べるものは居ない。

 かつての仲間、菊塵に頼るしかなかったのだろう。





 哭士は、本家に赴いたときのカナエを思い浮かべる。

 誰にも心を許さないような、冷たい微笑み。哭士を自身を守る狗鬼として本家に留まらせようとしたことを思い出す。

 先の莉子の言葉から、当主になったばかりのカナエに、忠誠を見せる者たちは殆ど居ないに等しかったのだろう。


――僕は本家の当主だ。


 今思えば、哭士に言い放ったその言葉は、自分に必死に言い聞かせていたのかもしれない。

「……」

 何ともいえぬ感情が、哭士の心中をざわめかせた。






「何で、アキが……、んな所に攫われなきゃいけねえんだよ」

 右手で即頭部を掻き毟るユーリ。突然の出来事に相当混乱し、ただひたすら自身の籠女を救わなくてはならないという焦燥が急かし立てているようだった。


「恐らく、彼女を攫ったのは僕をおびき出す為の囮でしょう」

 エンジン音の鳴り響く車内で、菊塵の声はよく響いた。

「何で! なんでキクをおびき出すためにアキが攫われなきゃならねえんだ!」

 運転席のシートにすがり付くように、ユーリが立ち上がった。

「彼女の姉、柳瀬フユは、僕の交際相手でしたから。大方、僕の狗石の在り処を彼女から聞きだそうとしているのだと思います。そして、彼女の狗鬼であるユーリと僕もここ最近行動を共にしている。あわよくば、アキさんを救いに来た僕をそのまま手込めにしようとでも考えているのでしょうね」

 彼の昔からのやり方です。菊塵はそう付け加えた。

 そして、菊塵は、久弥が本家に宣戦すると言っていたこと。自身を再びGDに引き戻そうとしていたことを語った。

「その久弥という男は、何が目的なんだ」

「分かりません。ただ、一つだけ言えるのは、彼を動かすのは「力」に対する異常なまでの執着。恐らく、それが今回の非常事態を生み出している事は間違いがありません」

 哭士の問いにも淡々と答える菊塵。だが、言葉の端々が僅かに上ずっている。

 これから久弥との争いを避けられぬ事を察しているのだろう。

 ハンドルを握る手が僅かに強まったのを、哭士は見逃さなかった。

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