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3―26.重なる顔

 友禅の言葉を聞き、一番に頭に思い浮かんだのは、自身の籠女、アキだった。

 妹と似た外見を持つアキ。最初は渋々彼女の言いなりになっていたようなものだったが、彼女の持つ影の部分に惹かれ今に至っている。

 男女の狗鬼と籠女は、殆どが恋人や夫婦の関係をもっているが、ユーリとアキはそうでは無かった。勿論、体を交わらせる事も無い。


(アイツ、何処行きやがったんだ)

 携帯を開いても、着信があるのはアキのマネージャーからのもの。マネージャーですら、アキの所在が分からなくなっており、ユーリに連絡が入ったのだ。

 ユーリと初めて出会ったあの夜以降、アキは誰にも断らずに出かけることは無かったはずである。

(あの時から、様子がおかしかったんだよな)

 数日前の出来事がユーリの頭を巡った。




        ※




「じゃあな、また明日な」

 アキのマンションの部屋の前まで送り届けたユーリはそのまま立ち去ろうとする。

「ユーリ」

 呼び止められ、振り返るユーリ。

「部屋まで、来て」

 部屋に手招くアキの様子。断っても、狗石を使われるのだろう。視線と首をくるりと回しながら、ユーリはアキの部屋へと足を踏み入れた。

 大方、朝まで部屋に居るように狗石で命令されるのがオチだろう。

 夜型のユーリにとってはそれは特段苦ではなかった。他愛の無い話をしながら朝を迎えるという事も過去に何度かあったのを思い出す。

 だが、今夜ばかりはアキの様子が違った。



 ベッドに座り込んでいるアキは、ユーリの顔を見上げる。結ばれている右手には、ユーリの狗石が収まっているのだろう。

「来て」

 体は、アキの言葉に素直に従う。座っているアキの前に、膝をつき、アキの目線に合わせた。

「はい、何でしょうか」

 首をかしげながら、アキに語りかける。それと同時に、アキは仰向けでベッドに倒れこんだ。

「もっと、こっちへ」

「……」

 アキが下す次々の命令の言葉に、ユーリはアキが何をさせようとしているのかが分かった。

「脱がせて」

 狗石を握っているアキの言葉に、ユーリの身体は素直に反応する。両腕を軽く上げ、仰向けになっている状態のアキに覆いかぶさるようにして、ユーリはアキのシャツのボタンを一つ一つ外していく。アキの目は、ユーリの顔を見つめている。それを分かっていながら、ユーリはアキと目を合わせようとしない。

 やがて全てのボタンは外され、合わさっていた襟を両手で開くと、膨らみかけている胸が、下着と共に露になった。

 視線をアキに寄越すユーリ。

「それで?」

 アキの太腿の部分にまたがった状態のまま、ユーリはアキに問う。首を小さくかしげると、垂れ下がったサイドの髪が頬に触れ、端整な顔立ちに色香が漂う。

 アキの握り締めている狗石に、更に力がこもる。だが、アキの口はまっすぐに閉じられ、言葉をつむごうとしない。

「狗石を持ってくるくせに、何で命令しねえの?」

「……」

 アキは、ユーリを睨み付ける。だが、当の本人はそれに動じる様子も無い。

「抱いてよ」

 アキの発した言葉は、『命令』ではなかった。ユーリの身体は、アキに跨ったまま、動かない。

 狗石の命令ではなく、ユーリ自身の意思で自分を抱いて欲しいとアキは言っているのだ。

「俺は確かにアキの狗鬼だけど、情夫になったつもりは無いぜ」

 自然と、目が柔らかく細められる。囁くようにつむぐ声は、自分で意識をせずとも、しっとりとしていた。アキは、その蒼い目を見つめながら、静かに言い放つ。

「私が、妹を失った隙間を埋めてあげる」

「!!」

 その言葉に、今まで大様に構えていたユーリの雰囲気が一変する。






        ※






 ささくれ立った雰囲気を纏い、今まで押し隠していたユーリの感情が、瞳の奥にちらつき出す。

「……狗石を持ってるからって、俺の心までどうにか出来るなんて考えるなよな」

 アキの顔のすぐ横にユーリの手がある。近くで、強くシーツを握り締める音がアキの耳に届いた。細められた目は鋭く、まっすぐにアキを捉えて離さない。

 初めてアキは、目の前の狗鬼に、僅かな恐怖心を抱いた。細い肩が僅かに強張り、手をついたユーリの腕に当たると、ユーリの視線がアキの肩の部分に逸れた。



「……なんつってね」

 突如、アキの体の上に居るユーリは顔を歪め、大きく鼻から息を吐き出した。

「他のひとなら抱くのに」

 自身の言葉にユーリの頬が軽く痙攣する。知っていたのだ。自分の身を守る狗鬼は、自身の傍に居ない時、毎回違う一夜限りの相手と共に過ごしている事を。

 それなのに、今までに一度も自身をそのような目で見たことが無い。アキにとってそれが不安で、不満であった。


 最初は、傍らに置いておくだけの飾りで良かった。自身を理解し、守ってくれる、見た目の良い装飾品だった。

 だが、同じ時間を共に過ごすうち、愛着とはまた違う、愛おしい思いが自身に広がっていく事に気付いた。

 彼を、自分だけのものにしたい。人として、女として、そう欲するようになっていったのだ。

 だからこそ、最後の一線は、ユーリから越えてもらうことを望んだ。狗石は握り締めたまま、目の前の男が自身と一つになってくれることを望んだ。

 だが。

 



        ※




「俺、ガキにゃ興味ないんだよね」

 ユーリはそう言うと、目の前の少女の顔を見ぬまま、ベッドから離れた。

「んな馬鹿な事、言ってねえで、早く服着ろよ。暖房入れたばっかりで、まだ寒いだろうがよ」

 アキに背中を向けたまま、ユーリは言い放つ。

「……何も知らないくせに」

 自身の脇をすり抜ける気配。


 バタン、という大きな音と共に、アキは部屋から飛び出していった。

 アキの気配が遠ざかっていく。

「……知ってるよ。痛いくらいにな」

 アキが自分の事を好いていることは十分に知っている。幼い思慕の情を、押し隠すことなどせずに、まっすぐにユーリにぶつけてくる。一人になった部屋の中で、ユーリはポツリとつぶやいた。




――抱いてよ。




 確かに自身に言い放ったのは、自分の籠女、アキだ。

「アイツは千尋じゃねえ。分かってる。分かってるはずだ」

 頭を振り、今しがた自身に襲い掛かった映像をかき消す。



 自分の腕の下にいる少女、アキの顔が、一瞬にして千尋の顔にすり替わった。

――おにいちゃん

 自身を求めた少女の顔が、自身の妹に代わる、悪夢だ。



(俺は、千尋を抱きたいと思っていたのか……? だから、千尋にそっくりなアキを……?)

「違う!」

 思わず声が荒らぐ。自分の大きな声に、驚きさえ感じる。

(違う、俺はそんなこと、願ってなんか居ない)

 自然と早まる呼吸を無理矢理に押さえつけ、部屋を後にした。



        ※



 ぼんやりと、数日前の出来事を頭に浮かべながら携帯電話の画面を見つめる。

 発信履歴は、アキの名前ばかりが並んでいる。何度もアキの携帯に連絡するも、むなしくコール音が返ってくるのみだった。

「本当に、何処に行きやがったんだ……」

 苛立ちにも似た焦燥を押し隠し、ユーリは尻ポケットに携帯電話をねじ込んだ。

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