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3―25.力の源

「友禅!」

 ベットの上の友禅の姿を見るや、一目散に友禅のベッドへと駆け出すシイナ。

 少し体を休めて落ち着いたらしい。だいぶ顔色も良くなったようだ。愛おしげな表情を浮かべ、友禅はシイナの頭を撫でた。

「久しぶりですね。シイナ」

 低く、静かな声で友禅はシイナに優しく語り掛ける。

「友禅、怪我は? 大丈夫?」

 自身を撫でる手に、無数の傷が走っているのを見つけたのだろう。シイナは半ば泣きそうな表情を浮かべ、友禅に問いかけた。

「大丈夫。大丈夫です。それよりもシイナ、ちゃんとご飯は食べられていますか? ゆっくり眠れていますか?」

 友禅の言葉に、シイナは一度大きく頷き、自身が早池峰家に世話になっていることを事細かに友禅に説明した。その間も、友禅は一つ一つシイナの言葉に耳を傾け、相槌を打っていた。

「そうですか。それを聞いて、安心しました」

 一生懸命語るシイナの頭を撫でる。シイナは心地良さそうに友禅の手に擦り寄っている。





「哭士、色把さんは大丈夫なのでしょうか」

 自身が語った言葉により部屋を飛び出した色把。友禅はかなり後ろめたい気持ちになっていたらしい。

「今は休憩室で休んでいる。もう、平気だ」 

 哭士の短い言葉に、友禅は安心した表情を見せた。


「傷、塞がらないのか」

 棒立ちのまま、友禅の体中の傷を見やる。歩みを進める際、左足を軽く引きずるようになってしまう哭士自身も、もう二、三日もすれば普通に歩くことが出来るようになるだろう。

 友禅は、暫く躊躇ためらったが、自身の体に起きている変異について、ぽつり、ぽつりと語りだす。

 実弟は友禅の語る言葉を、頷きもせずに聞いていた。


「籠女の血も、駄目なのか」

「えぇ。自然に治癒するのを待つしかありません」

 膝の上に開いていた手の平を握ると、塞がりかけた切り傷が悲鳴を上げた。

「……良くその体で取那とシイナを守れていたな」

 治癒能力が低下している状態で籠女と幼い狗鬼の身を護っていたことに、哭士は驚きの色を隠せないようだ。

「恥ずかしい話ですが、あの夜まで自分の体の変化に気付いていなかったのです。水を操る力は変わらずに使えていましたから。……このように」

 そう言うと、友禅は傍らのテーブルに置かれた花瓶と水の入ったコップを見つめた。

「……!」

 見る見るうちに、部屋は白い靄に包まれる。体に吸い付く水分。自身の力で部屋の中にある水を霧に変えたのだ。一瞬身構えた哭士は、友禅の能力によるものと分かると、体から力を抜いた。


「貴方が比良野家に色把さんとやってきた夜、取那は……彼女は、私から離れていきました」

 そうして、友禅は取那と離別した後も、取那を放っておけずに、遠巻きに取那とシイナを護っていたことを語った。取那に遅い来る影鬼を始末していたこと。取那を追ってくる人物、レキがいることに気づき、今のように水を霧へと変え、目くらましをして居たこと。

「変だと思ったんだよ。あの刑事ひとを追いかけようとしたら、急に霧が出て来るんだもん」

 シイナが顔を上げ、友禅を見つめた。廃工場で蓼原を追おうとしたシイナは、突如発生した濃い霧で蓼原を見失ったのだという。仕方なしに、すぐに早池峰家へと潜入し、苑司に成りすましたのだという。

「一般の方を巻き込むわけにはいきませんでしたから」

 結果的には関係者になってしまいましたね、友禅は静かに笑いながら言い放った。



        ※



 まだ居たいと渋るシイナを、哭士が二、三言で諭し、部屋を後にした。

 今は体を休め、一人で動けるようにするのが一番である。

 起き上がっていた体を横たえようとした際、ふとベッドのすぐ傍らに薄いオレンジ色の小銭入れのようなものが落ちていることに気付く。色からして、シイナが落としたもののようだ。

 そのままにしておいて、後から誰かに拾って貰っても良かったが、どうも落ち着かない。

 うつ伏せになり、ベッドの端に体を寄せて手を伸ばす。僅かに手に触れたものの指で弾いてしまい、小銭入れは更に遠くへ転がってしまう。

 友禅は息を吐き出しながら更に腕をベッドの下に伸ばす。

「!!」

 突如バランスが崩れる。落下防止の柵は外されていた。

 受身も取れずに友禅はベッドから床に落下してしまった。高さはないものの、床に打ち付けた衝撃は、一瞬にして全身の傷に走り、呼吸が乱れる。




 起き上がろうと床に手を突くも、自身の体を起き上がらせるほどの力は入らない。

 誰かを呼ぼうにも、ベッドに備え付けの呼出のボタンは枕元に引っ掛けてある。手を伸ばしても届かない距離だ。

 どうすることも出来ずに、友禅は頭を床に着けた。

「お、オイオイ! 大丈夫か!」

 突如、背後であわてたような声。すぐに肩に手を回され、上半身と床が離れていく。

 力強い腕、肩越しにその人物を見れば、目に飛び込んでくる明るい髪色。哭士の仲間、ユーリ・ヴァルナーだった。

「前を通ったら、物音がしたんで覗いてみたら……。ビックリしたぜ。あ、ここらへんに手置いてくれる?」

 その人物は、何も無い空中を指差す。言われたとおりに手を伸ばせば、硬い感触。そのまま持ち上げるユーリの力と、掴んだ空気の塊を軸に、友禅はベッドを背にして立ち上がる。

 そのまま、ユーリの補助でベッドに腰掛ける。その後も、ユーリが固定した空気を掴みながら、ベッドに横になることが出来た。

「すいません。助かりました」

 横になった状態で、ユーリを見上げる。友禅の言葉にユーリの口角が上がる。

「いえいえ、当然の事。こんな力で良かったらいつでもどうぞ」

 そう言って、何も無い空中に胡坐をかき、座り込むユーリ。


「先日の戦闘でも拝見しましたが、面白い能力ですね」

 何も無い空中に生み出す、透明な箱。それは身を守る壁にもなり、時に蹴り上げて敵に向かう足場ともなる。

「そう言って貰えるのは嬉しいけどさ。俺の能力は弱くてね。ブロック一個作るのが精一杯なんだよね。これが」

 ユーリが太腿の下を指で弾くと、コンコン、と硬い音が返ってくる。

「それでも、自身に与えられた力を、存分に発揮できるのは、素晴らしい事です」

 廃工場でのレキとの戦いでも、身の細いユーリがしなやかに宙を舞う姿を、友禅は覚えていた。哭士もユーリの力を使い、レキに一撃を食らわせたのだ。

 だが、ユーリは友禅の言葉に納得は出来ないようだ。

「奴が言っていた。俺は十分に力を発揮していないんだってさ。でも、どうやったって、二つは出せない。所詮、力の弱い家の狗鬼だからね」

 あきらめたように、ユーリは笑う。だが、そのユーリに対し、友禅はゆっくりと首を振った。


「私たちの力の源は、結局の所、ここだと思っています」

 友禅は、自身の胸に手を当てた。

「自分でもいい、身の回りの誰かでもいい。何かを守りたいと思う力こそが、狗鬼の力を揺り動かし、外に向かう力となる。そう、思っています」

 友禅の言葉にユーリの諦観めいた苦笑いが鳴りを潜めた。かつて、忌家で力を封じ込められた友禅も、取那を救いたいという一身で、忌家を抜け出した。

 その出来事が、彼の心中を巡っているようだった。

「その対象にじっくり向き合ってみるのも良いかも知れません。もしかしたら何か、変わるかもしれませんよ」

 神妙な面持ちで、友禅の口元を見つめていたユーリだったが、首をかしげ、頭を掻く。

「あんま、難しいことは良くわかんねえ。けど、もう少し自分を見つめてみることにするよ」

 小さく礼を言い、ユーリもまた、病室を後にしていった。


 小銭入れは、ユーリによって傍らの小さな棚に置かれていた。これなら、ベッドに横たわる友禅でも手に取ることが出来る。

 友禅は、それを確認すると、瞼を下ろし深い眠りへと落ちていった。


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