3―22.家族
「そういや、そんな話をしたこともあったっけ」
顎を人差し指で掻きながら、ユーリは他人事のように答える。
「そうだよ! あの時、よく意味が分からなかったけど、アキさんに狗石を奪われてたって事なんだね」
苑司も今では、狗鬼と籠女の関係性も頭に入れ、しっかりとユーリの言葉についてくる。
余計なことを言わぬように気を揉む必要が無くなり、ユーリは半ば安心していた。
「で、何だっけ? 俺の家族の話?」
アキとの出会いの話に反れ、すっかり忘れていた。
「あ、別に、嫌だったらいいんだ」
苑司がゆるゆると首を振る。その様子に、ユーリはにやりと笑みを浮かべた。
「いいさ、俺も誰かに話したくなったとこだ。ちょっくら耳、貸してくれよ」
簡易ベットに掛けているユーリは体を後ろに倒し、壁に背もたれた。目は遠くをさまよい、昔の出来事を引き出しているようだった。
「俺にはもう一個名前があってさ、『朱崎 龍』っていうんだ。知ってた?」
ユーリの答えに苑司は首をゆるゆると振る。
「朱崎家ってのは、代々狗鬼や籠女が生まれる家系で、俺の父親も狗鬼だった。ただ、そんなに力のある家柄でもなかったし、親父自体が型にはまるのが嫌いでな。本家からの柵から抜け出すために、さっさと海外に行っちまったんだ。しきたりとは無縁の生活を送るんだってな」
ま、気持ちも分からなくは無いけどな。と、ため息のように言葉を吐き出し、肩を小さく落とした。
「そんで、現地の女とデキたのが俺なわけよ」
頭の上で手を組み、ユーリは苑司を見た。その目からは、何も感情は読み取れない。
「親父はそれなりに幸せだったみたいだな。でも、人生はそんなに甘くはないってことなんだろうなあ。生まれた子供が狗鬼だったんだから」
そのままユーリは目を瞑り、上を向いては一度大きく息を吐き出した。
あまり、良くない思い出なのだろう、と苑司は心中で身構えた。
「初めは、母親も驚いてはいたが、それなりに可愛がってくれたさ。でも、やっぱ普通の子供とは違うわけ。それこそ、今のお前と同じ状態さ。力の加減が判らないから、普通に遊んでいても人間の子に大怪我さしちまう。人間の子供とは絶対的な差があるわけ。初めは偶然で済んでも、二回、三回って繰り返すたび、周りの目はどんどん冷やかな目になっていく」
頭の後ろで組んだ手を解き、ユーリは自分の両手を見つめた。
「普通と違う子供に、母親は自分はバケモノを産んだってんで、だいぶ参ってたみたいだな。親父との喧嘩も絶えなくてさ。毎晩、罵倒と皿の割れる音がしてた。それだけは覚えてるよ」
軽い口調で語るユーリからは、悲愴さは全く感じられない。
「ま、その後は誰でも予想が出来るだろ? 父と母は離婚したわけ。そのまま俺は親父に連れられてこの国に来た。親父から教えられてて、日本語も理解できてたし」
日本にやってきたのは四歳の頃だったという。
「親父は、その後すぐに日本人とまた結婚。こりねえよな」
肩を竦めて、苑司を見るユーリ。聞いている苑司はどういう顔をすればいいのか分からず、眉は下がったままだ。
「んで、また子供作ったわけよ。それが、朱崎千尋。俺の腹違いの妹だ。千尋は、狗鬼でも、籠女でもなくなってたな。朱崎の血はどんどん薄れていって、狗鬼や籠女が生まれにくくなってたんだ。でも、俺はそれでかまわなかったよ。ただただ、千尋が可愛くて仕方なかった」
妹、千尋を語るユーリの表情は、今まで見たユーリの表情の中で一番柔らかい。本人はそれに気付いていないようだ。
「その、千尋さんは?」
一度も姿を見たことの無い千尋という人物。苑司はユーリに聞いてみた。
「もういねえよ。千尋の母親と一緒に死んじまった」
「ご……ごめん」
「良いんだよ。俺が話したかったんだからさ。悪かったな、長話につき合わせてよ」
ユーリは軽く笑う。父親とも連絡を取っていないという。苑司は、ユーリの言葉に、首を振ることしか出来なかった。
ユーリは簡易ベットから立ち上がり、大きく背伸びをした。
持ち上げられた裾の下に、白い腹部がちらつく。
「さ、昔話はお終い。ちょっと電話してくるわ」
胸元から、電源の切れた携帯を取り出し指で弄ぶ。そのままユーリは診察室から消えた。