3―14.明かされる過去
「これが、本家に隠されていた忌家の、お話です」
余りに壮絶な出来事の数々に、友禅の話が終わっても、誰も口を開くものは居なかった。
「私は、弊履の族らの命をこの手で奪いました」
ベッドの上で横たわっている友禅の両手が、強く握られた。
「その後、弊履の族らが居なくなった忌家から、まだ生きているもの、動けるものを開放しました。そこに残っていたのが……」
「シイナか」
哭士の言葉に友禅が頷く。
「彼女はその能力の為に忌家に囚われていました。本家の者らは、有事の時には彼女を当主の影武者に仕立て上げようとしていたようです」
姿を自在に変えられる、という能力だけで、シイナは薄暗い地下に囚われていたのだ。
シイナの歳は十三だと友禅は語る。十三歳にしては小さい身体も、幼い話し方も、全ては十分な環境下に居られなかったためだろう、と静かに友禅は付け加えた。
ゆっくりと友禅は顔を上げ、周囲の者らの顔を見渡した。
そして、その視線は、色把に移り、そして止まった。
「色把さん……」
友禅が痛ましげな目で色把を見つめる。
「色把、どうした」
哭士も色把の異変に気付く。色把は顔面蒼白になり、体が縮こまっていた。
「ちょっと、刺激が強かったかもしれねえな」
「色把さん、少し休んできては如何ですか」
菊塵の言葉に、色把は首を振る。
『すいません……大丈夫です』
色把の顔が上がり、友禅を見つめる。
『忌家……。その言葉を聞くたびに、何かを思い出しそうな……』
両手の指先を額にあてがう色把。頭を振ると、まっすぐな黒髪がさらさらと音を立てた。うっすらとこめかみには汗が滲んでいる。
「無理はなさらないで下さい」
色把は友禅の言葉に頷き返し、小さく息を吐き出した。
そのまま友禅は続ける。
「色把さんは、幼少の頃の記憶が無い、と伺っています。……それは、具体的には、いつから?」
『……一番古い記憶は、十歳の誕生日の宴の席のもの、でした』
自分は赤い着物を着ており、宴には沢山の大人たちが集まっていたという。そのとき自分は祖母の後ろに隠れていた。と色把は語った。
「でした、というのは?」
色把の言葉ぶりに違和感を覚えた菊塵が問いかける。
『先日の……廃工場での事です。私が気を失う直前に、一つの記憶が蘇ってきたんです』
密かに、哭士の拳が強く握り締められる。自らの手で色把の首を絞め、命を奪いかけた、あの時の事だろう。気を失う直前に、叫ぶような仕草を見せたのも、その記憶を見た所為でもあるようだ。
「それは、どういった……?」
『男の人が、私に覆いかぶさっているんです。笑いながら、私の首を絞めて……「お前さえ死ねば」と……』
色把の告白に、部屋にいる全員の表情が凍りつく。
「……それは、貴女が九歳半の頃の出来事でしょうな」
今まで口を閉ざしていた修造が、しわがれた声を発した。
『誕生日以前の記憶は、それだけなのです。今まで、他の誰かに聞いても、誰も答えてはくれませんでした。一体、私の身に、何が起こったというのですか?』
過去に自身に何が起きたのか知らされず、記憶を失ったまま、今まで不安な気持ちを押さえ込んで居たのだろう。色把の訴える表情は、悲痛としか言い表せなかった。
「本家に、賊が侵入したのです」
色把はじっと、修造の口元を見つめている。
「貴女は、友禅の許婚として、本家である黒古志家で大事に大事に育てられておった。だが、それを良く思わぬものも居たのだ」
皆、修造の言葉を、固唾を呑むように待った。
「貴女が生まれる前にも、友禅との縁談を持ちかけられたことがあっての。友禅と同い年の籠女を是非嫁に、とな」
力の強い早池峰家の長男である。他に何度も縁談は上がっていたが、本家は家柄を理由に縁談を全て断っていたらしい。
その縁談を持ちかけられたのは、友禅が六つの時の話だという。それなりに名のある家柄の籠女だったらしい。その籠女の父親が、当時の本家の当主に、直々に挨拶に行ったのだという。友禅との縁談が纏まりかけ、修造の耳にもその話が届いてきたらしい。
「だが、その直後、比良野家で女児が生まれての。それも籠女であるとな。本家の判断は、その籠女と友禅を引き合わせるのではなく、比良野家の女児と友禅を結ばせるというものであったよ。比良野家の女児というのは、勿論……」
色把の事、である。色把の祖母の強い後押しもあり、友禅の縁談はまとまった。
「……全く、知りませんでした」
友禅が驚いたように一言つぶやいた。
「そうであろう。本家に召し上げられた狗鬼や籠女は、自分の意思には関係なく伴侶を決められるからの。主には、比良野家との縁談しか、耳に入らなかったはずだ」
修造は言葉を飲み込むように頷くと、顔を色把に向けた。
「貴女の命を奪おうと侵入した賊は、あの時縁談を断られた籠女の父親であったよ」
『!!』
自分が居なくなれば、二番目の自分の娘が友禅と結ばれる。そう思った末の行動だったのだろう。
「本家の使用人が有事に気付いたときには、色把さんは気を失っておった。男は正気ではなかったそうだよ」
色把の耳には「お前さえ死ねば」と言葉が、生々しく繰り返される。
「それから、貴女は今までの記憶と、そして声を失った……という事だ」
色把の首のあたりが、さわさわとざわつく。
『そう……だったのですか』
俯く色把。だが、その色把の表情にも増して友禅の表情は優れない。
「友禅」
哭士の言葉に、友禅が顔を上げる。気のせいではなく、やはり表情は強張っている。
「まだ話は終わっていないだろう」
哭士の目が、友禅を映し出す。友禅の目は伏せられたままだ。
「何故取那は、自分を色把と名乗っていたのか。何故、忌家に囚われていたのか。勿論、知っているんだろう」
腕を組んだまま語る哭士の言葉に、更に友禅の表情は曇る。
「ええ、知っています。取那は、全て私に教えてくれました」
「では、お話します。取那の身に、何が起こったのかを……」
友禅の語る言葉は、その場にいたかのように思えるほど生々しく、そして、痛ましいもの達だった。