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3―13.破壊夜の夢

 かみ締めた唇は鉄の味がした。自分に力があればこんなところを抜すには造作の無いことだった。

 かつての友禅は、自身の狗鬼の力を忌み嫌っていた。

 両の目の色が違う、ただ、それだけの事なのに、慣例やしきたりを重んじる本家の者らの一部には、この異常な目の色を持つ友禅の陰口を叩くものも少なくは無かった。 


――あの目の色は何だ。気味の悪い。

――早池峰家の嫡男でなければ、こんなところに居てよいものではない。力が強すぎるのかねあの瞳の色は……。



 自分の力を恨んだ。瞳の色の所為で公にもあまり出してもらえず、幼少の頃は庭で犬とばかり遊んでいた。

 こんな瞳の色でなければ、もっと普通に生まれていれば寂しくは無いのにと、いつも思っていた。許婚に自身の写真を見せられていなかったのも、そういった理由からである事を、友禅は察していた。


 そんな、不要とした力が今になって必要になるなどとは、思っても居なかった。

 かみ締めた奥歯が、ぎしりと鳴った。




 全ては、この首に付けられている首輪の所為なのだ。この首輪さえ外れれば、友禅は狗鬼の力を取り戻すことが出来る。

 首輪を引きちぎろうと、手をかける。無論、弱い人間の力では、金属の首輪はびくともしない。

 絶え間なく友禅の思考を支配し続けるのは、取那の悲痛な顔だった。

(何故!何故!何故!このような不条理がまかり通らねば成らない!)

 目の前で死んでいった、捕えられたものたちの顔が巡る。

 落ちている鉄屑で、首輪を切りつける。だが、傷が付く程度で、外れるなどとは程遠い。胸に、首に、痛々しい傷が走り、着衣に赤い斑点が付着する。

 もどかしい。力が欲しい。友禅の叫び声は、周囲に響き渡った。

 



 どれほど、その場にうずくまっていただろうか。遠くで、男共の笑い声が聞こえる。友禅はふらりとその声にひきつけられるように近づいていった。

 男たちが集まり、何かを話しているようだった。

「友禅が地下の娘に気付いた」

 神妙な男の声。だが、その言葉を鼻で笑い飛ばす者がいる。

「だが、問題は無いだろう。もうヤツは外に出ることは無いのだ」

「しかし、許婚だった女だ。何かが起きる可能性もある」

 友禅は、男らの言葉に耳を傾けた。

「ハッ、あの玉無し野郎に何が出来るってんだ。何かあったところで、大事にはならんよ。仮に逃げたしたとしても、だ。こいつと、こいつ、そして俺はあの娘と契約を結んでいる。印を通じて何処にいるかがすぐわかる。四年前の過ちなんか繰り返すかよ」

 苛立った様子で、更に男が返す。

「しっかし、あの娘、友禅と引き合ってからは良く鳴くようになったじゃねえか。前はどんな事をしようが声一つ上げねえ、能面みたいな無表情を決め込みやがってよ。だが今はどうだ?あの助けを求めるように泣き叫ぶ姿は、最高にそそる。昨日だって、何度も鳴かせてやった」

 耳障りな高笑いが周囲に響き渡る。 取那の悲痛な表情がちらつく。

 友禅は思わず、一歩踏み出した。足元に転がっていた木の棒が足に当たると、いっせいに男共が振り返る。

 友禅の姿をみとめ、緊張が一気にゆるまる。そして、一人の男が友禅に向かって言い放つ。



「感謝してるぜ。お前のお陰で、最高にいい思いが出来るようになった」








――貴方が現れなければ……私は唯の人形で居られたのに……





 友禅の中で何かがはじけた。胸の奥底に眠っていた言い表せぬほど激しい衝動が、突発的にこみ上げる。

 一度として激昂したことのない友禅が、男達に向かって吼える。

 そのとき、友禅の首輪から、パチリ、小さな音が発せられたが、誰の耳にも届くことはなかった。



 友禅の感覚に変化が起きたのは、それとほぼ同時だった。

 一瞬にして、体が軽くなる。耳が、目が研ぎ澄まされる。目に映る全ての動きが、手に取るように把握できるようになった。

 押さえ込まれていた自分の力が、みるみるうちに戻ってくることを感じる。

 そしてその目が、壁に立てかけられてある鉈をとらえる。

 友禅を黙らせようと殴りかかった男の腕を難なくかわし、そのまま鉈を手に取った。友禅が飛び掛った男を避けたことで、僅かに動揺が広がったが、人間程度の力で振り回す刃物は、たいした脅威ではないと高をくくっているようだった。

「身の程知らずってことを分からせてやるよ!」

 先ほどの男が更に踊りかかる。同時に、友禅の目が赤く光る。

 

 次の瞬間にあがったのは男の悲鳴だった。

 右腕、肘から下が、柔らかな音を立てて落下した。赤く染まる衣。顔に血しぶきが掛かるも、友禅は微動だにしない。

 友禅の左手が、自身の首に伸びる。友禅の力を抑えきれなくなり、力を失った首輪は、まるで針金のように握りつぶされ、カラリと床に転がった。

 



 数年ぶりの感覚。自分に狗鬼の力が戻ってきたことを感じる。だが、それ以上に、友禅は心の奥底で戸惑いを感じ取っていた。

 別の自分が、友禅に語りかけるのだ。

(弊履の男たちは、取那と契約を結んでいる。何処まで逃げても、取那の体に刻まれた契約の印で、追跡される。この者らを生かしておけば、彼女は自由になれない)

 頭を振り、先ほど浮かんだ思考を振り払おうとする。だが。



(殺さなければならない!)

 自分の内側からの声は止むことが無い。身体が勝手に動いているような錯覚を覚える。

 押さえつけられていた狗鬼の力が、一気に解放された反動で、友禅はまさに鬼と化していた。穏やかな性格の友禅の姿は、今や跡形も無い。赤い瞳は獲物を狙う獣のものだった。


 今しがた右腕を切り落とされた狗鬼は、友禅の動きについていけず、その場に立ち尽くしている。迷わずその頭に鉈を振り下ろした。鈍い音と共に、中身がぶちまけられる。ぴくぴくと痙攣しているその体を踏み台に、次の獲物へと飛び掛る。

 手に持っているものは、錆びきって鋭利さがなくなっている鉈だ。それを力ずくで突き出し、相手の胸を貫く。生ぬるく、粘りのある赤黒い液体が、腕を引き抜くと同時に体に降り注ぐ。顔にかかる液体は鉄の味がした。

 腕を振るえば大きな男の体は中を舞い、壁に叩きつけられて赤い汚れが飛び散る。振りぬいた腕でそのまま次に鉈を叩きつける。

 逃げようと背を向けるものにも容赦は無い。飛び掛って後頭部を掴み上げ、勢いに任せ床に叩きつける。そのまま背中に馬乗りになり、手に持った獲物で止めを刺す。

 断末魔の叫び、そして液体の飛び散る生々しい音が部屋に響き渡り続けた。





 その狂気の宴に終止符を打ったのは、ぱたり、と手に持った鉈が落下する音だった。

 その場に立っているのは、友禅ただ一人。


 それは酷い有様だった。着衣は水ではない赤い液体が滴り、鉄と臓物の臭いがあたりに広がっていた。

 天井からも滴り落ちる血の音と、肩で息をする友禅の息だけが響いていた。






        ※





 既に涙は枯れ果てた。暴かれた自分の身体を友禅に晒すのは、耐えられなかった。

(これで、よかったのよ)

 これで、また人形に戻る。いつもの変わらない日々に戻り、男共の玩具にされながら死んでいくのだ。自身の一番見られたくなかった姿を知られた以上、友禅と顔を合わせても辛いだけだ。そう自分に言い聞かせる。



 ひたひたと音が近づいてくる。

 また、あの男たちの誰かがやってきたのだろう。頭まで布団を被り、牢の前で止まった気配に気付く素振りを見えないようにした。


「取那」

 牢の外から聞こえる声。取那は、その声に跳ね上がるようにして起き上がった。友禅がやってきたのだ。

(一体、何故)

 二度と現れないと思っていた。だが、紛れもない友禅の、自身の名を呼ぶ声に居てもたっても居られず、布団を捲り上げ、牢に駆け寄ろうと飛び起きた。

 だが、声を掛けようとした取那だったが、友禅の異様な姿に、言葉を失った。


 目に飛び込んできたのは、元の色さえ分からぬほどに衣を真っ赤に染め上げた友禅の姿だった。

 鉄の臭いが鼻をつく。髪の毛までも赤黒い液体がこびりつき、固まっていた。

「逃げましょう」

 取那の言葉を待たずに、友禅は言い放つ。

「友禅……貴方」

 必死に絞り出した声は震え、掠れていた。

 自身の脳裏に浮かぶ可能性を、必死に打ち消す。


「……ごめんなさい、取那。どうしても貴方を助けたかった……」

 その言葉で、友禅が何をしたのかを悟った。噎せ返るほどの血の臭いと、友禅の悲痛な感情を湛えた瞳。

 あの男たちの命を、その手で奪ったのだ。自身を、助ける為に。

 取那はその場にうずくまった。

 喉の奥から洩れる嗚咽は、止める事は出来なかった。友禅の浮かべる悲しげな表情は更に深いものになった。





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