ランプの願い
昔々、あるところに何でも願いを叶えてくれるランプがありました。
きれいな細工がほどこされ、きらきらした宝石がいくつもはめ込まれた金のランプは、持ち主を変えながら何年も望みを叶え続けていました。
暗い宝物庫の宝箱のなかで、ランプは呟きます。
「ああ、誰か私の願いを叶えてはくれないだろうか。“二度と願われない”という願いを」
最後にランプを手にした男は、“自分の国がほしい”と願い、願いを叶え終わったランプを自分の宝物庫に大切にしまっていました。そこにはたくさんの宝物がおいてありましたが、どれひとつとしてランプの願いを叶えてくれそうにはありませんでした。
「願われるのは、もういやだ」
ランプは今までに悪い人間の願いも、良い人間の願いも叶えてきました。けれど、人の願いを叶えすぎて、もう人の願いを聞くのには飽き飽きしていたのです。
そうして、とあるお城の宝物庫におさめられていたランプは、あるときひとりの盗賊によって盗み出されてしまいました。
ランプを盗み出したあと、盗賊はいそいで海に出ました。船に乗って遠い国へいってしまえば、誰も盗賊からはランプを取り戻せないからです。
盗賊は一生懸命船をこいで、海を進みます。辺り一面が青い海でいっぱいになったころ、盗賊はランプを取り出しました。お日さまに照らされて、金のランプはきらきらと美しく輝きます。
「美しいランプよ、賢いランプよ。俺の願いを叶えておくれ」
盗賊はランプを撫でながらそう言います。ランプはうんざりしながらも「お前の望みはなんなのだ」と盗賊に聞きました。
「一生かかっても使いきれないほどの金がほしい!」
「そうか」
ランプは盗賊の願いを叶えてやることにしました。
ランプが願いを聞き届ければ、青い空から金貨が船めがけていくつも落ちてきます。雨のように降る金貨に盗賊は大喜びしました。
「こいつはすごい! さあ、もっと降らせておくれ!」
「そうか」
金貨に目の眩んだ盗賊は、降ってくる金貨を一枚も逃すまいと腕を広げます。
「もっと、もっと、もっとだ! 俺が要らないというまで、もっと金貨を降らせておくれ!」
「そうか」
ランプは何枚も、何枚も金貨を降らせました。船がいっぱいになるまで、ランプを手にした盗賊の腰ほどまでが金貨で埋もれるまで。
「ああ、なんと素晴らしい!」
ランプを手にして、盗賊は船いっぱいの金貨にうっとりとしました。どの国の王様も、船いっぱいの金貨をみたことなんてないはずです。
空からはまだまだ金貨が降ってきます。盗賊は自分の体に当たり、金貨の山に落ちていく金貨に笑みをこぼしましたが、ふと気付きました。
船の縁ぎりぎりに海が迫っているのです。いつのまにか海の高さが増したのだろう、と盗賊はふしぎに思いましたが、金貨の重みで船が沈んでいるのだとすぐに気付きました。
「美しいランプよ、賢いランプよ。もう金貨は要らない」
「そうか」
ランプは金貨を降らすのをやめましたが、船はゆっくりゆっくりと沈んでいきます。金貨が重すぎたのです。
これではまずい、と盗賊は金貨を一掴みずつ静かに落としていきました。
金貨を一掴みずつ海に捨てるのを盗賊はとても惜しく思いましたが、船が沈むよりましだと考えたのです。
青い海に一枚ずつ、光り輝きながら星のように金貨がひらひらと落ちていきます。海のなかの魚たちも流れ星が落ちてきたのだと勘違いして、船の周りに集まってきました。
最初は手のひらほどの小魚が。
お次は中くらいほどのお魚が。
そうして最後に大きなお魚が。
魚たちは降ってくる金貨をお星さまだと思い、めいめいに口にくわえて願いを叶えてもらおうとしました。星に願えば願いが叶うことを魚たちも知っていたのです。
すべての魚が口に金貨をくわえたころ、大きな大きなお魚がやって来ました。この大きな魚はくいしんぼうで、小さなお魚も中くらいのお魚も、大きなお魚も関係なしに食べてしまうお魚でした。
大きな大きなお魚がやって来たのをみて、魚たちは一目散に逃げ出します。
盗賊は集まってきていた魚がいなくなったのに驚きましたが、船もやっと軽くなったところだったので、船をこぎ始めます。
海にいる大きな大きなお魚には、動き始めた船が大きなお魚に見えました。
「やあ、こんなに大きな魚は初めてだ」
大きな大きなお魚は、その大きい口を開けるとランプと盗賊、そしてたくさんの金貨ごと、船をひとのみにしてしまいました。
こうして、盗賊は一生かかっても使いきれないお金がほしいという願いを、ランプはもう二度と願われないという願いを、めいめいに叶えたのでした。