意外な発見
王都のはずれにあるレストラン「オリヴィア」
入り組んだ路地を進んだ先にあるので、辿り着くのは中々難しいだろう。
私もシャーロットとあてもなく王都を散歩していた時に偶然発見した。
目立った看板は無く、扉の横に小さく店名が書かれているが白い壁は蔦で覆われていて注意深く見ないと見過ごしてしまうだろう。
オリヴィアを発見した時は入るのをためらったが、あの時勇気を出して本当によかったと思う。
店主はロマンスグレーの紳士。洗練された佇まいは高位の貴族を思わせる。
店内には様々な種類の花が飾られている。今の時期だと隣国の王女の名を冠した真紅のバラ「アデレード」、品種改良で最近作られたばかりの空色の躑躅、艶やかな桃色の牡丹が美しい。
メニューはお任せコースのみ。旬の食材を最高のかたちで提供してくれる。
今日の前菜は私の大好物、アスパラガスと生ハムのサラダだ。
「こんな良い店があったとは……知らなかった」
「お気に召してなによりです」
建前ではなく、心からでた言葉だった。お気に入りの店を褒めてもらえるのはこんなに気持ちの良いものなのか。
庶民向けにしては敷居が高く、貴族が通うには気安い、そんな雰囲気の店だったのでセドリック様がどんな反応を示すか不安だったが、連れてきて良かった。
「いつもここにシャーロット二人で来ているのか」
「はい。今セドリック様が座っている席にいつもシャーロットが座るんですよ」
「そっそうか」
ブティックの件があったから大サービスですよ。
それにしてもこの人すごく嬉しそう。本当にシャーロットが好きなのね。私も人のことは言えないけど。
「それでその……シャーロットの昔話というのは」
欲しがるなー。まぁ、私が言いだしたことなんだけど。
本人の許可なく話せる昔話といえば……
「シャーロットが剣術も得意なのはご存じですわよね?」
「ああ、もちろん」
「あの子、ギルフォード様に手合わせで勝利したことがあるのです」
「なっ!あのギルフォードにか!?」
好い反応。驚くのも無理は無し。ギルフォード様というのは実力主義の近衛騎士団内にてナンバー3の腕前を持つお方。
「そんな情報、俺は聞いてない!」
「非公式のものでしたからね。シャーロットがデビューする直前のことです」
当時ギルフォード様は16歳。実力はすでに国内に知れ渡っていた。
しかも侯爵家のご子息でいらしたギルフォード様の名誉を守るため、伯爵家である我が家はシャーロットの栄誉を口にすることは叶わなかった。
年下の女子に負けたのが余程悔しかったのか、ギルフォード様は血の滲むような鍛錬に励み、今の地位を得られたのだ。
本当は話してはいけないのだけど、宰相補佐様相手ならいいでしょう。いいよね?
「この件はご内密にお願いいたします」
「ああ……わかってる」
頭がいい人は物分かりも良い。何よりです。
「それにしても、なぜシャーロットはギルフォード殿と手合わせを?ダグラス家と近衛騎士団に接点などないだろう?」
「お父様が登城する際、私たちも同行したのです。その時に近衛騎士団を見学させていただいて、シャーロットに剣術の心得があるので手合わせをしてみないか、という流れに」
「実力者とはいえシャーロットは令嬢であの容姿だぞ。そんな流れになるものか?……もしや、君絡みか?ギルフォード殿が君に無礼を働いたとか」
するどい。そういえばこの人切れ者だったわ。
お察しの通り。天使のような美少女の登場に色めきたつ騎士団員たち。
天使はたくましい団員たちを警戒して姉を守るように傍について離れようとせず、話しかけて来る団員を無視し、団長様としか会話をしない。
そんな様子が面白くなかったのか、ギルフォード様が私たちをからかい始めた。具体的には私とシャーロットの容姿の差について。
恐らくシャーロットの気を引きたくてそんな幼稚なことを言ったのだろうが、シャーロットは激昂。
「私と決闘しろ!!この下郎!!」と身に着けていた白いレースの手袋を投げつけ決闘を申し込んだのだ。
結果はシャーロットの圧勝。まさに鬼神の如き迫力だった。明らかに勝負はついているのにまだ斬りかかろうとするシャーロットを団長様が必死になって止めていた。
私はシャーロットの強さに見惚れて意識を飛ばしていたので、止めに入るのには加わらなかった。団長様、申し訳ございませんでした。
「ご想像にお任せします」
説明が面倒だったので、お茶を濁した。知りたければ勝手にお調べになるでしょう。
セドリック様も追及してこなかった。
長々と話している間にデザートが運ばれてくる。
「それで、この後はどこへ行きたいんだ?」
「また私が決めてよろしいのですか?」
「君は普通の令嬢が好む場所へ行っても喜ばないだろう?それに、こんないい店を知っているのなら任せてもいいと思ってね」
信用してくれているのだろうか?気持ちは嬉しいが、これから私が提案する場所はセドリック様にとっておもしろいところではないだろう。
「それでは、お花屋さんに行きませんか?花といっても、売っているのは苗の方ですが」
「君も園芸が趣味なのか?」
「はい。……君もというと、セドリック様も?」
「ああ。私はバラの栽培が趣味なんだ。最近は新種を作るのに挑戦しているよ」
これは驚きだ。宰相補佐様のご趣味が園芸だなんて。そういえば我が家の庭の薔薇を妙に熱心に見ていた気がする。
「あの庭は君が管理していたのか!」
「ええ、庭師にも手伝ってもらっていますが、基本的には私が」
「君の庭にあったマリーベル、あれほど美しく咲かせていたのは初めて見た。毎日花の様子をよく見て世話の仕方を適宜変えないとああはいかない。アメリア嬢、君の腕前は素晴らしいものだな」
「いえ、そんな……」
園芸談義に花が咲く。セドリック様の知識は豊富で、話していると薔薇をどれだけ愛しているのかが伝わってくる。苗を見に行くと選ぶ時のポイント、世話のしかたのコツなどを丁寧に解説してくださった。
貴族で園芸を趣味にしている方は少ない。お互い貴重な話し相手を得て話が尽きず、こうして私のなじみのカフェに移動したのだ。
私は思うのだ。園芸好きに悪い人はいないと。
「セドリック様」
「なんだい?」
「私たち、気が合いますわね」
「……そうだな」
「私たち、いいお友達になれると思いませんか?」
「……」
「婚約の件、考え直してくださいませんか?」
「……」
沈黙が流れる。店内にはピアノの生演奏が流れ、音色が間を和らげてくれている気がした。
セドリック様が懐から時計を取り出す。さりげなく私にも見せるように時刻を確認する。
「もうこんな時間だ。馬車で送ろう。家の方が心配するだろう」
「……はい」
時期尚早だったかもしれない。シャーロットに「まかせて!」と言ってしまった手前焦りすぎてしまったのかしら。
帰りの馬車の中、私たちはまたしても園芸談義に花咲かせていた。行きとは違う打ち解けた雰囲気。仲良くなれたのは間違いない。
もうすぐ屋敷につくという辺りで私は決心する。少し恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
「セドリック様、お願いがあるのですが」
「なんだい?」
セドリック様は少し警戒した様子になる。また婚約のことを持ちだすのかと思ったのか。
「私と交換日記をしませんか!」
「……はぁ?」
公爵様にあるまじき間の抜けた声を上げるセドリック様。「何言ってるんだこいつ」という目で見ないでいただきたい。妙なことを言っている自覚はあるのだ。
「私、今まで園芸の話ができる方がいなかったのです。だから、ぜひ仲良くなりたくて」
「それで交換日記か」
「はい。毎日の何気ない事や、お花の世話のことなど、やりとり出来ればいいと思って」
セドリック様はじっとこちらを見つめて来る。私の稚拙な考えなんてお見通しなのだろう。
「まるで女学生のようだな」
「駄目でしょうか」
懇願するように手を組み上目遣いに様子を伺う。私に友情を感じてくれたならどうか承諾して欲しい。
「……いいよ」
セドリック様はふっと苦笑した。どうやら私の稚拙な遊びに付き合ってくれる気になったようだ。
お読みいただきありがとうございます。
ドロドロ出来ず、申し訳ありません!