聖域への侵入者1
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驚いて目玉が飛び出るかと思いました。
パーティでのプロポーズ騒動から三日後。
ローディア家から正式な婚約申し込みがきた。本当なら陛下の赦しを得たり等手続きに一カ月ほどかかるはずだけど、王家とつながりの深いローディア公爵家ならどうとでもなるのかもしれない。
ダグラスは伯爵家、公爵からの申し出を断ることなど出来ない。
パーティからの帰路、馬車の中で私と共に笑っていたシャーロットは翌日にはすっかり気落ちしてしまった。私は慰めになればと様々な小話を語って聞かせたが、無理やり表情を作って痛々しく笑うばかりだった。
けれどローディア家から書状が届くと憔悴しきった様子が嘘のように立ち上がり、いつもの凛とした声で「私に任せて」とだけ言って身支度を素早く整え、数名の使用人をつれて出て行き、深夜まで帰ってこなかった。
心配してどこに行っていたのか聞いても教えてくれない。今日も朝早くから出かけていった。
きっとこの婚約の申し出を取り下げさせるために奔走しているのだろうけど、流石のシャーロットもローディア家には太刀打ち出来ない筈……多分。
本当なら私も手伝うべきなのだけど、私がついて行っても何かできるわけでもなく、悔しいけれど、足手まといになるのが関の山だろう。
だからこうして、庭の花に水をやりながらシャーロットの帰りを待つことしか出来ないでいる。
今の季節は様々な種類、色とりどりの薔薇が咲き誇る。この庭は我が家の自慢。元々は亡き母が丹精込めて手入れをしていたものだ。
勿論庭師はいるのだが、力仕事を手伝ってもらう以外は花好きの母が自ら率先して世話をして美しい庭を保っていた。丁寧にまめまめしく花の世話をする母の姿を見るのが私は大好きだった。
けれど、母が亡くなってから美しかった庭は慈しんでくれるひとをなくし、変わり果ててしまった。
父が庭の花に手を加えることを固く禁じたためだ。愛した人が大事にしていたものに誰かが触れるのが嫌だったんだろう。
母が亡くなった後も父は変わらす仕事はしっかりとこなし、いつも通り過ごしているように見えた。けれど夕暮れ時に母とよくお茶を楽しんだ庭のテラスで花々をぼうっと眺めながら過ごしているのを見てしまったときは胸が締め付けられるような思いだった。
元々厳格な人で、決して人に弱いところを見せなかった。当時12歳だった私と10歳だったシャーロット。幼くして母が亡くなった悲しみは大きなものだったが、父の抱える底の知れない喪失感と孤独はきっと比べ物にならない程に深い。
でも、このままで良いはずがない。母が愛した花たちが枯れ果てていくのを放っておくことなど出来なかった。私は父を説得することにした。父に意見したことなど一度もなかったからとても緊張したのを覚えている。
「お父様がお母様の大事にしていたものを誰にも触れさせたくないと思うお気持ちはわかります。でも、美しかった庭が荒れ果てていくのを見てお母様が喜ぶとは思えないのです。
私は花の手入れをするお母様の姿が好きでした。雑草を抜いて、枝葉を整え、水を撒く。お母様が丹精込めて世話されたこの庭は私にとってお母様そのものなのです。
お父様、私にこの庭のお世話をさせていただけませんか?お母様の様には出来ないかもしれませんが、庭師にやり方を聞きながら覚えていきます。だから!……私にお世話をさせてください」
捲し立てるように話す私の言葉を父はただ黙って聞いていた。聞き終えるとため息をついて一言「好きにしなさい」とだけ言ってくれた。
それから私が世話を任されている。庭師に手入れの方法を教わり、シャーロットに手伝ってもらいながら少しずつ昔の美しさをとり戻していった。
今でも夕暮れ時になると父はテラスで過ごしているけれど、母を亡くしたばかりの頃のように心ここにあらずといった様子ではなく、大切な思い出を懐かしむように庭の花々を見つめている。
この庭にいればいつでも母を感じることが出来る。
私たち家族にとっての聖域なのだ。
「アメリア嬢、ここに居たんだね」
聖域への侵入者の声がした。
お読みいただきありがとうございます。
まだ続きますが、どうかお付き合いください。