細やかな反撃
「ずっとお慕いしておりました」
嘘だ。この人が愛しているのはシャーロットだ。
「姉さんから離れなさい!」
怒気を孕んだ声にハッと我に返る。
セドリック様の手を払い除け私を背に庇うようにシャーロットが前に出る。
「……セドリック様お戯れが過ぎますわ」
「戯れなどではないよ。私は本気だ」
「では何だというのです?突然お姉様にプロポーズなさるなんて。あなたが」
「〝愛していたのは私のはず〟とでも言うつもりかな。シャーロット嬢」
妹の大きな瞳が吊り上がる。感情の昂ぶりを隠そうともしない。
「確かに私は君に夢中だった。二年前、初めて君に出会った時、運命だと思った」
「では、なぜ」
「私は気が付いたんだ。いつも君の隣にいる素朴で可憐な女性を愛していることに。なぜもっと早く気付けなかったのだろう!」
私に視線を向けながら自分の過ちを嘆くように芝居がかった口調でセドリック様が語りかけてくる。私には今にも吹き出しそうになっているように見えた。
内心「流石にこれは苦しいな」と思っているのかもしれない。
「ふざけないで!」
悲鳴のような叫び声に会場が静まる。面白がって見ていた野次馬たちどころか、セドリック様まで驚愕していた。
「あなたは私に嫌がらせしたいだけでしょう!?あなたは私がどうすれば一番苦しむか知っている!そんなに……そんなに私を苦しめたいの?こんなことをして楽しいの?」
シャーロットは大きな瞳に涙を浮かべ、今にも掴みかからん勢いでセドリック様に詰め寄る。冷静沈着な社交界の華はどこにもいない。
興奮に体をふるわせるシャーロットの華奢な両肩にまるでなだめるようにそっと手を添えると耳許にくちびるを寄せ私たちにだけ聞こえる声で囁いた。
「楽しいよ。とてもね」
バチンッ!!
破裂音のような小気味よい音を立ててセドリック様の頬が張られる。シャーロットの顔はこれ以上ないくらい赤く染まっていた。
セドリック様は打たれた頬を押さえ、顔を歪ませている。痛いだろう。なんせ武術の達人でもあるシャーロットの平手打ちだもの。
「……ご令嬢方は混乱しているようだ。私の申し出は突然のものであったし、無理もない」
「もう時間も遅い。お二人とも、私の馬車で送らせてください」
にっこり笑って悪夢のような提案をしてくるセドリック様。相手は公爵様。逆らえるはずもない。
話の続きは密室でゆっくりと、ということだろうか。ああ、頭が痛い……
「……では、後日改めて、ダグラス伯爵家に正式に結婚の申し込みをさせてもらうよ」
「ぶっ……くくく……ふぐっ」
「姉さん……はしたないわ……ふふ」
「……」
「だって、セドリック様のお顔……ぶっふ」
「姉さん……くっふ」
「シャーロットだって…笑ってるじゃない…ふふ」
「だってこんなの、誰だって笑うわ……くく」
馬車での移動中、セドリック様の麗しいご尊顔は片頬だけ4~5倍に腫上がってしまったのだ。シャーロットの強烈ビンタをくらったのだから当然の結果だ。
正直、胸の空く思いがした。
「……子供のころにくっ、読んだ極東の国の絵本で見たことある……パンのやつ」
「ぶはっ……姉さん……聞こえるわ」
「……」
セドリック様は会話を諦め外の景色に集中していた。良く見ると少し身体がふるえているように見えた。馬車の中だし、私の気のせいかもしれない。
私はセドリック様に一矢報いたような気分になっていた。セドリック様を怒らせて状況が悪化するだけかもしれないのに。それでも、
今だけは二人で笑わせてほしい。
お読みいただきありがとうございます。
次話はちょっと暗くなるかもしれません