うららかな春の夢
「絨毯みたいやなぁ。」
母はためいきを吐くときみたいに、ゆっくりとそう言った。母と私は、花びらの絨毯の上を歩き、そこにあったベンチに腰掛けた。
「ミスド買って、桜公園でお花見しよっか。」
と、母が急な思いつきを口にしたのは、つい1時間前のことだ。
私はミスドの箱をあけ、ポンデリングを取り出し、一口齧った。
「ママは何食べよっかなぁ。」
呟きながら箱の中を覗く母の横顔を、私はもぐもぐしながら見た。
今日は調子が良いようだ。比較的顔色が良い。
「なおもあと一週間で六年生かぁ。早いなぁ。」
母はいちごのドーナツにしたようだ。
「ごめんな、ママが入院してたら、なお、寂しいよなぁ。」
「大丈夫やで。学校も楽しいし、塾の勉強も順調やし。そんなことよりママは無理せんと、病気治すことに専念してな。」
私は二口目のポンデリングを齧った。一生懸命もぐもぐした。涙が出ないように、一生懸命。
すると、突然、母の両腕が私の肩を抱いた。
私はびっくりして一瞬固まったが、状況が飲み込めたと同時に、母のあたたかい胸の中に顔をうずめた。
そのあたたかさとは裏腹に、私の頬には何か冷たいものが伝った。それが涙だと気付くまで、数秒かかった。
母は私の肩から腕を離すと、
「いちごのクリームついちゃった。」
と、私の髪を指で拭った。笑っていた。
「バサッ」
私は目を覚ました。
辺りはやはり、桜の絨毯だった。
いつの間にか、居眠りをしていたようだ。
私は絨毯の上に落とした単行本を拾おうと、手を伸ばした。
すると、本の上に、花びらが一枚舞い降りた。
私は上を見上げた。
そう、あの日もここで。
あのときは母と一緒に。
母のいない春は、これで七回目だ。
私は本を鞄にしまい、ベンチから立ち上がった。
私の大学生活が、はじまった。




