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第7話 コンビニ店員は異世界の住人に呆れる



 マドレーヌと名乗ったメイド姿の女性に案内されるまま、俺たちは迷宮の壁の中へと踏み行った。

 異質に歪んだ壁の中であったが、足の裏には地面の感触があり不安を感じる事はなかった。

 そのまま壁を突き抜けるように進むと、一瞬の暗闇の後、すぐに明るい景色が広がった。

 

──ここが迷宮の最奥?


 実際俺は自身の目を疑った。

 目の前に広がるのは大きな屋敷と広大な庭園。

 庭園の向こうには草原が広がり、更にその先には森林が見える。

 晴れ渡った空には綿雲が浮かんでいる。

 まるで、外の景色じゃないか……。

 

 俺がその景色に唖然としている中、マリーとビエラさんが壁を通り転移してきた。

 そして最後にマドレーヌさんとガトーさんも俺たちに続いて転移してきた。

 

 俺たちがその景色に呆気に取られていると、マドレーヌさんが薄い笑みを浮かべながら、してやったりといった雰囲気で声を掛けてきた。

 

「こちらが迷宮主ミラー様が住まわれている迷宮の最奥の屋敷でございます。フフフ」


 ということは、ここは迷宮の中で間違いないのだろう。

 マリー達もキョロキョロと周囲を見渡し、驚きを隠せないでいた。

 その表情を見ながらニヤニヤと薄い笑みを浮かべているマドレーヌさん。

 うん、この人、きっと性格悪いわ。

 

 俺がマドレーヌさんの性格分析をしていると、何者かが屋敷の方からこちらへ歩み寄ってきた。

 すかさず、マドレーヌさんとガトーさんがそちらへ振り向き、深々とお辞儀をする。

 

 あれが、ここの主のミラーさんか?

 

 俺はそう感じ、その人物を観察する。今回は魔力を通していない通常の目で見ている。

 初対面の、それもこちらに害意のない者に対して失礼に当たらない様に、さりげなく観察する。

 

 すらりと伸びた長身、腰まで伸びたストレートの黒髪が印象的だった。

 裾の長い身体の線を強調した髪色と同じ漆黒のシンプルなドレスにその痩身を包み、優雅な立ち振る舞い。

 美しさとはこの様な存在から発せられるものなのだろう。

 さりげなく観察しているつもりだったが、いつの間にか俺の視線は、目の前の人物に釘付けになっていた。

 

 そして不意に声がかかる。

 

「私はミラー。この迷宮の主にして管理者。あなたがヒロシさんですね?」


「は、はい。ヤマダヒロシといいます。えーと……」


 ミラーさんからの言葉に俺が慌てているとトウロから『我を元の姿に──』と声が掛かった。

 俺は目の前にいるミラーさんに軽く会釈をしたあと、少し待って欲しいと手の平をみせてから腕輪スタイルのトウロに魔力を流す。

 

 俺の左腕に嵌っていた腕輪スタイルのトウロは、その姿を流体金属へと変化させ、俺が立っている側へと流れ出る。

 流れ出たそれは次第に体積を増しながら、石魔人と呼ばれる黒光りしたゴーレムの形状を成してゆく。

 

『これは失礼した、迷宮主ミラー殿。急な訪問、かたじけない』


 元の形状を取り戻したトウロがミラーさんに軽くお辞儀をしながら挨拶をしている。

 どういう関係なのかはわからないが、既知の間柄であることは間違いないだろう。ここで、俺が口を挟む事柄もないので、その様子を眺めることにした。

 

「トウロニギス殿、そんなに畏まられるとこちらも対応に困ります。急ぎ、こちらに足を運び皆さんを慌てさせたのは私の方ですから、どうぞお顔を上げて下さい」


 ミラーさんはそういうとトウロに近付き、右手を差し出す。

 トウロもミラーさんの申し出に顔を上げて、ミラーさんの右手に手を添えて握手を交わす。

 

『それで、ミラー殿。早速なのだが、妖精王ヌーデルを修繕する件で……』


 トウロが言い辛そうにこの迷宮に来た用件を伝えるが、その言葉が終わらないうちにミラーさんが口を開く。

 

「はい、その件は先日の先触れにありましたので承知しております。もちろん修繕はいたします。ですが、その前に何があったのか詳しくお話をお伺いしたいのです」


 ミラーさんはそこまで言うと、マドレーヌさんに目配せをしたのちに言葉を続ける。

 

「ここで立ち話という訳にもいきませんので、よろしければ屋敷の方で」


『うむ、その方が良かろう。世話になる』


 トウロはミラーさんの提案に頷き妖精王ヌーデルさんの入った石箱を抱え、マドレーヌさんの案内で俺たちと共に屋敷へ通された。

 

 

 屋敷へ入って間もなく、応接間らしきところに案内された。

 

「こちらへどうぞ」

 

 マドレーヌさんに促され部屋へ入ると、そこにはすでに人数分のお茶の準備が整っていた。

 湯気の中から良い香りが漂い、少しだけ緊張感が緩んだ気がした。

 

 お茶か、段取りがいいな……。

 と、俺が思っているとマドレーヌさんがこちらに再び薄い笑顔を向けている。よく見ると、マドレーヌさんの前にはお茶の道具を乗せたカートがあった。

 ああ、マドレーヌさんが準備したのか──え? でも今まで俺たちに同行していた。そんな暇はなかったはずだ。他にはミラーさんと俺たちしか居ない……じゃあ誰が?

 俺が訝し気に周囲を見回していると、ミラーさんが声を掛けてきた。

 

「マドレーヌは人を驚かせるのが好きなのですよ。先程まで私たちを案内してくれていたのは、マドレーヌの分身。マドレーヌ本体は、こちらへ先回りして皆さんをお迎えする準備をしていたのです」


「ミラー様、そんなすぐにタネを明かしては面白くありませんわ」


 ミラーさんの言葉に肩をすくめ、わざと残念な表情を作りながらマドレーヌさんが答えた。

 するとトウロがそこへ口を挟む。

 

『マドレーヌも相変わらずであるな。お主の有能さは我が良く知っている。しかし、連れの者は異世界から転移して来た方々なのでな、あまり驚かせる様なことは控えて欲しいのだが』


 トウロの物言いは軽い感じで、それにマドレーヌさんもペコリと頭を下げ、迷宮主ミラーが話を元に戻す。

 

「それで、トウロニギス殿。エスダート王国で、何があったのだ? もしかすると、こちらで起きている不穏な動きにも関連するやも知れぬ。詳しく頼む」


 トウロは抱えていた石箱を一旦床に置き、俺たちにソファを勧める。

 程なく、全員が腰を落ち着けたところで話は再開した。

 

『うむ。分からぬ事も多いが、順を追って伝えた方が良かろう──』


 俺たちはトウロとミラーさんを交互に見つめながら、エスダート王国で起きた……というよりは、トウロが俺と出会うきっかけになった竜魔族による石魔人族襲撃事件からの出来事を聞くことになった。


『ミラー殿も知っての通り、我ら石魔人族と竜魔族は敵対関係にある。だが、竜魔族の長の代替わりと共に敵対関係にも変化が訪れ、ここ数百年は互いに干渉することなくそれぞれの役割を全うすることに注力してきた。それが今から数か月前、何の予兆もなく竜魔族共が大軍を編成し、我ら石魔人族の地へと襲い掛かって来たのだ。何の準備もしていなかった我らも愚かであったが、奴らの勢いは凄まじく一気に石魔人族の本拠を陥落していった』


 淡々と語るトウロに迷宮主ミラーも表情一つ変えずに聞いている。

 俺はトウロと出会ったときにそんな感じの話を聞いたことがあったが、当時は理解が間に合っていなかった所為もあってかよく覚えていない。恐らく、マリーとビエラさんなどは初めて聞く話なのだろう。

 

『そこで我らは、大規模転移陣を用いて避難することになったのだ。ほぼ全ての同胞が転移先であるバラン王国南部に位置する"はじまりの地"へと移動した。そして最後に我が転移しようとした際、転移術式が何者かに改変されヒロシ殿の世界へと飛ばされてしまったのだ』


 迷宮主ミラーはすっと目を細め、それでもトウロから視線を外さずに話の内容を吟味するかの様に聴き入っている。

 

『改変された術式によって飛ばされた先にはヒロシ殿が居た。どういう訳か、我は身動き一つ出来ない状態まで魔力のほとんどを失っていた為、ヒロシ殿と衝突してしまった。そのときのとっさの判断で最後の魔力を行使して、転移の術式を書き直しこちらへ戻って来たのだ。まさかヒロシ殿を巻き込むとは思わなかったがな。ハーハハハハハハ!』


 この話を初めて聞いたであろうマリーとビエラさんはもちろん、俺もここまで詳細な話を聞くのは恐らく初めてだった。

 しかし……俺を巻き込んだ下りの後の高笑いは何なんだ?

 

 ミラーさんの様子をチラッと見てみる。

 トウロの高笑いに反応する事なく、軽く頷きながら真剣に話を聞いている。

 一方のマリーとビエラさんは、俺と同じくトウロの高笑いに眉をひそめて苦笑いをしている。

 普通、そうなるよな。

 

──少しは罪悪感を抱けよトウロ。

 

 俺は心の中でそんなことを呟きながら、引き続きトウロが今までの顛末を語るのを聞いていた。

 

 

 

 

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