第6話 コンビニ店員は迷宮に恐怖した
迷宮入り口までたどり着いた俺たちは、先ほど迷宮管理協会で受け取った登録証を入り口を警護している兵士風の人に提示して、迷宮内へ入る。
俺が抱えていたスライムのエミーちゃんに対して何か言われるのかと思っていたのだが、何事もなくすんなり通してくれた。
さすが異世界、寛容である。
迷宮入り口といっても洞窟の様な感じではなく、小さな神殿の奥に進むといった感じで、内部に入るらしい。
「ここから先が迷宮になります。足元に気を付けて進んでください」
ガトーさんに続き神殿風の太い二本の柱の間を通ると、一瞬でその場の雰囲気が変わった。
──ああ、これが迷宮なのか。
俺は初めて入る迷宮の雰囲気に少しだけ気圧されながらも、それがどこからくる雰囲気なのかを確かめるべく、眼に魔力通して周囲を窺う。
なるほど、これは凄い。魔力が壁や床から絶え間なく溢れ出ているのがハッキリと分かる。
溢れ出た魔力は次第に集まり、何かしらの形を成してゆく。
未だ可視化はされていないが、魔力の密度が高まれば通常の物質同様の性質を持つのだろう。
今の俺にはそれが何となくわかる。
そしてこの迷宮と呼ばれるものの異常な存在感を身体全体に受けるプレッシャーで感じ取っていた。
怖くないと言えば嘘になるだろう。
気を張っていなければ、俺の両膝はガクガクと情けなく震えていたことだろう。
それでも、額からは汗が流れ、いつもとは違う迷宮からの圧倒的な力に抗うので精一杯だった。
「ヒロシ様、迷宮に慣れるまで魔力を用いた探査は避けた方がよろしいかと思います。迷宮内の魔力は濃いですから、気分が悪くなる方もおられるので」
俺の異変に気付いたガトーさんが、心配そうに声を掛けてきた。
「あ、ああ。つい、いつもの癖でやってしまったみたいで……ご心配かけて申し訳ありません」
腕の中に抱えているスライムのエミーちゃんもその身をプルプルと震わせ、語り掛けてくる。
「ヒロシさーん、大丈夫?」
「ああ、エミーちゃん心配かけてごめん。もう大丈夫だから」
俺は急ぎ、迷宮内の魔力探査を中断する。
──ふう、ヤバかった。
実際、迷宮の魔力が俺の魔力に混ざり、こちらへと逆流しているのを感じたのだ。
あのまま、迷宮の魔力を全身で感じ続けていたら、恐らく俺は迷宮そのものに飲み込まれていたのかもしれない。
うーん、迷宮怖い。これが俺が最初に抱いた迷宮への感想だった。
心配そうに俺を見ているマリーとビエラさんに軽く手を上げて、大丈夫だよとアピールする。
二人は苦笑いを浮かべながら、頷いてくれた。
◇
妖精王ヌーデルさんが入っている石箱を乗せた荷車を引いている音がガタゴトと響く。
今俺たちは、迷宮の最も浅いエリアをガトーさんに先導されながら進んでいる。
『ヒロシ殿の魔力と迷宮の魔力の親和性が高いようだな』
トウロが唐突に言い出した。
ああ、さっきの魔力探査で俺が怖い思いをした件についてだな。と、察しながら答える。
「親和性が高いのかはわからないけど、一瞬迷宮の魔力に飲み込まれそうになって焦ったよ」
『うむ、そうであろう。放出される魔力の波長が近いからというのが原因であろうな』
トウロの言葉に先を歩いていたガトーさんが振り向き、俺の方を興味深げに見つめてきた。
その意味が良く分からずに、俺は軽く首を傾げて応えた。
「私には分かりかねますが、トウロ様がおっしゃるのなら、その通りなのでしょう。通常の迷宮酔いとは少々異なる様なので、そちらの件もミラー様に報告したいと思いますが、よろしいですか?」
慣れればなんとかなると言われた迷宮酔いだが、そうではないと言い出すガトーさん。
迷宮の魔力との親和性が関係しているのだと、トウロの話からある程度は察する事が出来たが、俺自身詳しい事はわからないので、お任せする事にした。
「そうですね、俺としても対策を知っておきたいのでお願いできますか?」
「ええ、もちろんです。ミラー様ならば問題なく解決できると思います。お任せください」
ガトーさんはそう言うと、再び迷宮内を先導して進んで行く。
すると俺の後ろからビエラさんが尋ねてきた。
「さっきから魔力の話をしているみたいだけど、私にはよくわからないのよね。それって見えたり、感じたりできるものなのかしら? マリー、あんたは何か感じる?」
突然話題を振られたマリーだが、少し考えた様子で口を開く。
「うーん、あたしは元の世界で一応訓練を受けたから理解できるし、感じる事も出来るよー。でも、ヒロシみたいに気分が悪くなったりとかはないかなー」
そういえば、マリーは魔力操作が出来るって話だったな。
気分が悪くなったのは、不用意に魔力探査をした俺が悪いんだけど。
じゃあ、ビエラさんはどうなんだろう? 今まで、そういった話題に触れることが少なかった所為もあるけど、実際のところはどうなのだろうか?
「ビエラさんはどうなんですか? 格闘訓練の時に身体強化を使っていたみたいでしたけど」
俺は転移者の街での格闘訓練の頃を思い出しながら尋ねてみた。
「うーん、そうねえ。転移者の街では魔力封じのブレスレットを装着していたというのもあるけれど、魔力関連の話題はタブー視されているみたいだったから、あまり意識してはいなかったわ。でもね、ブレスレットを無効化してもらってからは、明らかに身体能力が上がったのを感じたのよね」
『ハハハ! ビエラ殿もそうであったか。知らぬうちに魔力操作で身体強化をしていたとは、これは楽しみが増えた。今度一戦交えようではないか! ハーハハハハ!』
何がそんなに嬉しいのか、ビエラさんの話を聞いていたトウロが高笑いを始めた。
「一戦交えるのは良いけど、程々にしてくれよトウロ」
トウロの話はここまでと、軽く釘をさしてから俺はビエラさんに、俺自身が今まで経験した魔力を認識する術を伝える。
「それでだけど、ビエラさんも魔力は使えていると思いますよ。身体強化の時の感覚を思い出して、その感覚がどこから湧いて来るのかを意識して感じ取る様にすると、魔力を認識出来るようになると思います」
「あら、そうなの? とても参考になったわ。頑張ってみるわね。ヒロシちゃんありがとう」
俺の説明に納得したのか、ビエラさんは妖精王ヌーデルさんが入っている石箱を積んだ荷車を引きながら、その巨体をクネクネさせている。
その横を歩いているマリーも笑顔を浮かべながらビエラさんを見つめていた。
「みなさん、到着しました」
迷宮に入ってから二十分ほど経っただろうか、先頭を歩くガトーさんが立ち止まり皆に告げた。
とは言っても、辺りを見る限り今までと大して変わらない迷宮の通路だった。
「えーと、ここで良いんですか?」
俺は、明らかに目的地ではない感を醸し出しているその場所について、聞いてみた。
「はい、こちらで問題ありません。すぐに迎えの者が参りますので、少々お待ちください」
案内人が変わるのかな? などと考えていたら、ガトーさんは周囲に他の人が居ないのを確認してから左手を掲げて、その指に嵌っている指輪から赤い光を発した。
放たれた赤い光が収まるのとほぼ同時、俺たちの右側にある迷宮の壁がグニャリと歪み、そこからメイド姿の女性が現れた。
「ようこそお越し下さいました。私はこの迷宮で働いておりますマドレーヌと申します。早速ですが、ミラー様への下へご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
やや小柄な体躯に綺麗に編み込まれた銀髪が印象的な女性、というか少女といっても良い程に華奢な容姿。
そんなメイド姿のマドレーヌと名乗った人物が指し示す先は、先程彼女が現れた迷宮の壁が異質に歪んでいる部分だった。
俺たちが訝し気にして、互いの顔を見合わせているとトウロが告げてきた。
『何、心配はいらぬ。迷宮内ではマドレーヌの転移魔法で好きなところへ行けるのだ。恐らく、出た先は迷宮の最奥であろう? なあ、マドレーヌよ』
「ご無沙汰しております、トウロニギス様。はい、転移先は迷宮の最奥、迷宮主ミラー様が住まわれる階層になっております」
マドレーヌさんとトウロの会話を理解した俺たちは頷き合いながら、それでも少しだけ不安を抱きつつ指示された迷宮の壁へと歩を進めた。




