第5話 コンビニ店員は探索者になった
トウロの高笑いが頭の中に響き渡る中、ミートソーススパゲティを食べ終えた俺たちは、ガトーさんにお礼の言葉を掛けて再び馬車に乗り込み迷宮都市内を進む。
ガトーさん曰く、向かう先は迷宮管理協会という所らしい。
何でも、そこで探索者登録というのをしなければ、迷宮内に立ち入ることが出来ないのだという。
理由を尋ねたところ、勝手に迷宮素材を採取されるのを防ぐためだと教えてくれた。
まあ、迷宮から産出される素材や鉱物などの資源が、この都市の主な産業だというのだから致し方ないのだろう。
その代わりといっては何だが、一度探索者登録をすれば迷宮都市への出入りに係る手続きが簡略化されるらしい。
うーん、有難いと言えば有難いのだけど、もう少し……こう、レストランの割引とかの特典とかがあれば、もっと嬉しいんだけどな。
そういえば、レストランを出てすぐにこの世界で使われている通貨をガトーさんが手渡してくれた。
厚手の皮袋に入った金貨や銀貨、銅貨などがそれである。
ガトーさんの話では、この袋一つで一般的な家庭ならば一年は楽に暮らせる額が入っているのだと言う。
さすがに多すぎると辞退を申し入れたのだが、トウロが言うには
『この程度の金額で気にするミラー殿ではない。断れば失礼に当たる故、素直に受け取れば良い』
とのことだった。
コンビニ店員の俺からすると「ミラーさんって、どんな富豪だよ!」という感想しか出てこなかった。
俺とガトーさんのやり取りを聞いていたマリーとビエラさんだったが
「……あのお金で今度は何を食べようか?」
などと、不謹慎極まりない会話をしていたのだが、それは聞かなかった事にしておこう。
◇
しばらく進むと、目の前に石造りの大きな建物が視界に入ってきた。
「あれが迷宮管理協会の建物ですね。入り口正面の奥に受付がありますので、そこで探索者登録することになります」
ガトーさんの案内で俺たちは迷宮管理協会へと進んで行く。
入り口を通り、正面奥には役所のカウンターの様な受付があるのが見えた。
よくあるファンタジーの話よろしく、美人の受付嬢がいるのを期待していたのだが、普通に役人ぽいおっさんが並んで座っていて少しだけガッカリした。
都合の良い妄想だな……と、自身を心の中で嘲笑ってみる。
それが表情に出ていたのか、ガトーさんがこちらを覗き込むようにして言う。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもありません。あのカウンターで受付すれば良いのですか?」
俺は内心をはぐらかす様に質問で返した。
ガトーさんは気にすることもなく、俺たちに向かい、続ける。
「そうですね。あちらの左端の受付に行きましょう。一応、話は通してありますので」
俺は頷き、マリーとビエラさんに目配せをしてからガトーさんの後を付いて行く。
受付カウンターに近付くと、ガトーさんの姿に気が付いたのか、カウンター越しの青年風の役人が軽く会釈をして、こちらを見てきた。
「ようこそ迷宮管理協会へ。本日は探索者登録でございましたね? ガトー様」
やたら丁寧な口調の役人さんだな。と感想を抱きつつ、ガトーさんとのやりとりを見守る。
「ええ、今日はこちらの三名を登録しに来ました。事情は聴いていると思いますが、いつも通りでお願いします」
「はい、かしこまりました。では、こちらの申し込み用紙にご記入下さい」
申し込み用紙に記入するため、俺たちはカウンターに歩み寄り、それぞれに手渡されたペンで記入を始める。
……というか、必要項目のほとんどがすでに記入されていた。あとは、名前を書き入れれば完了という状態だった。
どこの領地の所属であるとか、勤め先や職業内容、連絡先等の全てが記載されていた。
それらが全て偽装であるのは、一目瞭然だった。
「ここに名前を書けばよいんですね?」
俺はガトーさんに視線を向けて「名前だけ」を書けば良いのかを確認した。
「はい、そちらにご記入頂ければ登録完了になります」
微笑みを含んだ顔を軽く頷かせながら、ガトーさんは応えた。
俺とガトーさんの様子を見ていた、マリーとビエラさんも偽装された書類への対応を確認した様で、それぞれに記入を始めた。
記入を終え、といっても署名するだけの簡単なお仕事だったので、すぐに終わり青年風の役人さんに手渡した。
役人さんは何事もなかったかのように笑みを浮かべながら、申込用紙を受け取ると、名刺大の金属製のプレートを三枚出してこちらへ渡す。
「こちらが、探索者登録証になります。迷宮内に入る際に提示して下さい。すでに必要な情報は書き込まれていますので、すぐに使えます。ご安心ください」
俺たちは、それぞれにプレートを受け取ると書き込まれている情報を確認する。
「あら、いつの間に私たちの情報を書き込んだのかしら。ウフフ」
ビエラさんが意味ありげな態度で役人さんとガトーさんを交互に見る。
視線の先の二人は、お互い顔を見合わせながら軽く頷き合い薄い笑みを浮かべていた。
すると腕輪スタイルのトウロが俺たちにしか聞こえない"言葉"で伝えてくる。
『さすがはミラー殿。手回しの良いことだな。ヒロシ殿、これが迷宮主ミラーの影響力というものだ。ある意味、この迷宮都市の絶対的な支配者とも言えよう』
「ある意味?」
俺はトウロの言葉に一応の納得をして、その意味の疑問を小声で問うた。
『うむ。表面上はバラン王国領の一都市という形にはなっているが、それもあくまで迷宮主ミラーが容認しているからだ。これは貴族や国王ですら抗えない事実。しかし、その事実を表沙汰にすると王国の権威が揺らぎかねんからな。なので、表向きは王国が収めている直轄領という形をとっておる』
トウロの説明に「凄いなミラーさん!」それが俺の感想だった。
同じくトウロの言葉を聞いたであろうガトーさんも何やら誇らしげに頷いている。
俺たちの様子を見て、一段落ついたのだと察した青年風の役人さんが声を掛けてきた。
「遅くなりましたが、私は迷宮管理協会のモンブランと申します。以後お見知りおきを。……それでは、皆さんの探索者活動に幸有らんことを」
モンブランと名乗った青年風の役人さんは、これで登録はお終いといった風に俺たちに一礼をしてから、次の業務を始めた。
「では早速、迷宮に行きますか」
ガトーさんの言葉に俺たち一同は頷き、迷宮へと向かうことになった。
◇
迷宮入り口はすぐ近くだと言われたが、俺たちは一度寄り道をしなければならなかった。
「妖精王ヌーデル様をこちらの荷車に移し、馬と馬車はあちらの厩にお預け下さい」
ガトーさんの指示に従い、小型の荷車に石箱に入っているヌーデルさんを乗せ換え、馬と馬車を厩の主人に預ける。
「へい、まいどあり! この木札が預かり証になりますんで、迷宮から戻りましたらお渡しくだせえ」
厩の主人から木札を渡され、懐に大事にしまう。
なるほどね。狭い迷宮内には馬車は入れないらしいから、馬車で訪れた探索者の為にこういったサービスもあるのか。
小型の荷車も探索中の食料や装備、集めた素材を運ぶために貸し出されているという。
ある程度の規模のパーティで迷宮内に入る際には必須らしいと厩の主人が教えてくれた。
今回は妖精王ヌーデルを運ぶために利用させてもらうことにした。
「あら、これは私の仕事かしら?」
そう言ったのはビエラさんだった。
いつ施しているのか、常に美しく保たれているメイクに笑顔を浮かべ、丸太の様な腕をこれ見よがしに見せつけながら妖精王ヌーデルさんを乗せた荷車を引き始めるビエラさん。
「あ、いつもありがとうございます。ビエラさん」
「気にしないでいいわよ、ヒロシちゃん。少し体が鈍っていたところだから丁度良い運動になるわ。ウフフ」
俺が申し訳なさそうにお礼を告げると、ビエラさんは片手をヒラヒラと振りながら応えてくれた。
「体力だけは人一倍あるんだから、任せちゃえばいいんだよー」
そう言って茶化すマリーだが、ビエラさんの鋭い視線を受けるとお道化た仕草で俺の陰に隠れた。
本当に仲の良い二人だな、と感心しながらも俺たちは迷宮入り口へと歩を進めた。
さて、準備も整った。
あとは、迷宮主ミラーさんに会って妖精王ヌーデルさんを修復してもらえば、俺たちは元の世界に戻れるはずだ。
期待せずにはいられない状況のまま、俺たちはガトーさんの案内で、迷宮入り口までたどり着いたのだった。




