第2話 コンビニ店員とスライム少女
迷宮都市への道中、森の中で拾ったスライム。
通常、低級の魔物は意思を持たず、本能だけで行動しているらしい。
しかし、今回出会ったスライムは意思を持っているだけではなく、念話による意思疎通すら出来るのだ。
そんな訳で、俺たちは再び迷宮都市へ向かい、馬車で森の中の街道を進んでいる。
『……いいニオイです……』
先程から、こんな言葉ばかり伝えてくるスライム。
バスケットボール程の大きさで、透明感のある橙色のボディをぷにぷにさせている。
そんなスライムだが、現在は俺の膝上で落ち着いている。
"──それにしても、不思議なスライムだ。内包する魔力量は、底が見えない。更に念話とはいえ、人語を理解しているとは……"
石箱に安置されている妖精王ヌーデルは、改めてこのスライムの異常さを伝えてきた。
元の世界のゲームの中では、初期のモンスターだったり、仲間になったりと大活躍のキャラクターだった。
実際マリーは、スライムのその愛らしさに両手の指をワキワキさせっぱなしである。
それが、こちら世界では絶滅危惧種的な扱いになっているという。
俺も気になりスライムを指先で突いてみたり、両手で挟んで変形させてみたりしているが、特に嫌がることもなくぷにぷにするだけだった。
魔力に関しても、俺が魔力を流そうとするとスライム内部に刻まれている良く分からない術式によって、阻害されてしまう。
俺や妖精王ヌーデルが、あれやこれやと思案しているとマリーが思い出したように口を開いた。
「そういえばこの子ねー、エミーっていう名前っぽいよー」
「エミー? 可愛い名前だな。ってことは女の子なのか?」
マリーの言葉に普通に返した俺だったが、スライムは自身の事を何も思い出せないと言っていたことに気付いた。
「……っていうか、マリー。このスライムが名乗ったのか?」
「いや……、そうじゃないんだけどさー。何て言ったらいいのかなー」
俺のツッコミにマリーは眉根を寄せて、言い辛そうにしている。
すると、相変わらずの美麗メイクと筋肉鎧の巨体を持つビエラさんが、口を挟んできた。
「あ、そうそう。マリーはサイコメトラーなのよ。だから、触れたモノが持つ記憶の一部を読み取っちゃったりするのよ」
ビエラさんの言葉にマリーは慌てた様子で、何かを誤魔化そうとする。
「いや、そういうんじゃなくて。えーと、何て言うのかなー。そう! カンが良いだけなんだよー」
「マリー、もう隠さなくてもいいんじゃない? その力で情報局のエースに抜擢されたんでしょ」
ビエラさんが言った言葉にマリーは更に訝し気な表情を浮かべ、口を閉ざし彼女を凝視する。
そんな態度のマリーに対して、ビエラさんはいつも通りの口調で、話を続ける。
「あー、この話はアルベルトちゃんから聞いた話だからね。マリーのことを話すときのアルベルトちゃんたら、もうデレデレしてて、こっちが恥ずかしくなるくらいだったわよ」
「ふぇ?」
何やら訳知りのビエラさんの話に、マリーは素っ頓狂な声を漏らし、驚いている。
「あら、言ってなかったかしら。マリーのお兄ちゃんの上司なのよ、私。うふふ」
どういう事なのか、理解が追い付かない様子のマリーであったが、少しの沈黙の後、ムッとしながらビエラさんに向き直り言う。
「ビエラ教官! そ、そんなの初耳ですよ。どうして今まで教えてくれなかったんですかっ!」
マリーは興奮のあまり、ビエラさんを以前の呼び方でビエラ教官と言ってしまっているが、当のビエラさんは意に介した風もなく肩をすくめ、マリーに伝える。
「あら、ごめんなさい、別に悪気はないのよ。ただ、あの街では私自身の身分も明かすわけにはいかなかったの」
ビエラさんの言葉の意味に理解の態度を示しつつも、マリーは歯噛みして何かを耐えている様だった。
嫌な感じに膠着した馬車上の空気を読んだ俺は、話題を変える。
もちろん、マリーとビエラさんとのやり取りには気になる部分も多々あったが、そのうち話してくれるだろう。
それより今は目の前のスライムについてだ。
「それで、そのスライムがエミーだって分かったんだな。他に分かったことはあった?」
俺の質問にマリーは俯き加減に首を横に振る。
「そっか、でも名前が分かっただけでも大収穫だ。いつまでもスライムって呼ぶのも可哀そうだしな。お前もそう思うだろう? エミー」
俺はスライムのエミーに向き直ってその名前を口にした。
──ブル……ブル……ブル……
「んっ?」
俺の膝の上に居るスライムにエミーという名を告げた途端、その身を震わせ内側から薄っすらと光を放った。
一瞬、ドキリとしたが危険な雰囲気は感じなかったので、その様子を俺たちは見守っていた。
数秒の後、震えが止まり放っていた光も収まった。
『わあ、名前を読んでくれてありがとう! 少しだけだけど、モヤモヤしていた意識がハッキリしてきました』
「え? どういうことだ」
『わたしの名前はエミー。今はスライムの姿をしているけど、本当は人間なの。そこのマリーさんが私の記憶の一部を読み解いてくれ、名前を呼んでくれたことで頭の中が少しだけスッキリしました。っていうか、どこが頭なのか分かりませんけどね。アハハ』
突然、流暢に話し始めたスライムのエミーに俺たち一同は困惑を隠せなかった。
"──ほお、記憶を読み取る能力に呼応して術式に緩みが生じた様だな。もしかしたら、読み取った記憶を鍵にして全ての術式を解くことも可能かもしれん。そうなれば、元の姿である人間に戻れる可能性も出てくるかもしれないな"
石箱の中の妖精王ヌーデルは驚きながらも、冷静に分析していた様だった。
そこへ、何とか気持ちを落ち着けたマリーが口を開く。
「それなんだけど、分かったのは名前だけなんだー。女の子だっていう雰囲気は伝わって来たんだけど、それ以外の記憶は全くわからなかったよー」
俺は妖精王ヌーデルとマリーの会話に耳を傾けながらも、そのうち解決するんじゃないだろうかと、楽観視していた。
「良かったじゃないか。名前が分かれば愛着も湧くし、ここまで話せるんだらお互い楽しいだろ?」
俺はみんなの顔を見回してから、思ったことを告げた。
すると、ビエラさんが俺の膝の上でぷにぷにしているエミーをジッと見つめている。
俺は一体どうしたんだろうと思い、ビエラさんに疑問の表情を向けた。
「ねえ、ヒロシちゃん。その子、女の子なのよね?」
「ああ、そうらしいな……」
「いつまで、抱っこしているつもりなの?」
「あっ……」
ビエラさんの指摘はもっともだ。
本人曰く、今はスライムの姿だけど元は人間だったという。
しかも、女の子……。
「ああ、エミーちゃんごめんね」
俺はそう言って、マリーへスライムのエミーちゃんを渡そうとする。
『嫌です! わたしはヒロシさんの側が良いんです。このニオイが落ち着くんです。どうか、このまま抱きかかえていて下さい、お願いします』
その懸命な訴えに俺はエミーちゃんを持ち上げた状態のまま身を硬直させ、どうしようか悩む。
「まあ、本人がそう言うなら良いんじゃないかしら。でもねヒロシちゃん、エミーちゃんに変な事したらダメだからね。うふふ」
ビエラさんの言葉に、いや、スライムに変な事ってどんなことだよ! と心の中でツッコミを入れながら、再びスライムのエミーちゃんを抱え直す。
向かいに座っているマリーも何やら俺のことを冷ややかな視線で見ている。……うん、その視線は痛い。
俺とマリーとビエラさん、妖精王ヌーデルが馬車の荷台でスライムのエミーちゃんについてアレコレ会話をしていると、御者台のトウロが伝えてきた。
『もうすぐ森を抜けるが、すでに日も傾いてきた。迷宮都市までは、あと半日といったところだが一度、野営をして迷宮都市内に入る準備をしたい。良いか? ヒロシ殿』
「もちろん構わない。でも、迷宮都市内に入る準備って何かあるのか?」
『うむ。都市内に入るには、それなりの手続きが必要となる。その手続きの手配をミラー殿に頼まねばならぬ』
トウロはそう言うと、森の街道から少し離れたところに馬車を止めた。
『この辺なら人目にも付きにくいであろう。今夜はここで一泊し、明日中には迷宮都市に入る予定じゃ』
「いよいよ、迷宮都市だな。少し不安もあるけど、大丈夫なのか?」
『問題あるまい。これからミラー殿へ先触れを出すのでな』
トウロはそう言うと、自身のゴーレムボディの手から指を一本抜き取った。
「お、おい……トウロ。何をやってる?」
トウロの突然の行動に驚いた俺は、思わず声を掛けてしまった。
『まあ、見ておれ』
トウロはこちらに一度視線を向けると、抜き取った指に魔力を流す。
魔力を通された指は、その形状を変化させる。
そして最終的に一匹の甲虫の姿になった。
トウロの手に乗っている甲虫に、再び触れると先程とは違う術式で魔力を送っている。
『これで良かろう。さあ、ミラー殿ところへ行け!』
トウロは手を天に掲げ、手に乗っていた甲虫を解き放つ。
甲虫は勢いよく飛び去り、一瞬で森中へその姿を消した。
「それが、ミラーさんへの先触れなのか?」
『うむ、その通りじゃ。順調にゆけば、明日の昼前にはミラー殿の手の者がこちらを迎え入れる段取りをしてくれるじゃろうな』
どんな手段で先触れを出すのかは疑問だったが、こんなやり方だとは思いもよらなかった。
でもまあ、トウロらしいといえば納得のゆく手段にも思えた。
その後、俺たちは明日の迷宮都市到着へ向け野営の準備をするのであった。
そして新たに加わった仲間、スライムのエミーちゃんは安定のマイペースであった。
『あーヒロシさんのニオイ、たまらないわー』
エミーちゃん、可愛い!
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