外伝 少女マリー
今回はマリーの少女時代のお話です。
とある小国で、その少女は暮らしていた。
穏やかで優しい母と厳しくも家族思いの父、そして少女にとって最も頼りになる兄と共に何不自由なく日々を送っていた。
その日は、月に二度ほど開催されるマーケットへと出向いていた。
石畳の広場には所狭しと露店が広げられ、日常雑貨から食べ物、果ては謎の珍品までもが店先に並んでいた。
少女はこのマーケットが楽しみであった。
母に少々の小遣いをもらい、大好きな兄と二人で、屋台で買ったファストフードをかじりながら様々な品を物色するのが楽しかった。
「マリー、見てごらん。変わった人形があるよ」
「え、どれどれー?」
兄は、台座に乗った人形を手に取ると、台座の底をグッと押し込む。すると、台座に乗っていた人形は、全身の力が抜けてしまったかのようにクニャリと倒れた。
その様子が何故だか愉快で、マリーと呼ばれた少女は満面の笑みを兄へと向けた。
「うわー! これ、どうなってるのー?」
そんな楽しそうにしている兄妹を微笑ましく見ていた露店の店主は、何かを思い出したのか傍らにある木箱の中から一体の台座付き人形を取り出して、妹らしき少女マリーに差し出した。
「どうだ、嬢ちゃん。この人形、嬢ちゃんに似て可愛いだろ?」
差し出された人形は、民族衣装を纏った赤い髪の女の子をあしらったものだった。
その様子をみていた兄が、グッとその表情を笑顔に崩しながら言う。
「わあ! この人形、マリーにそっくりで可愛いな」
おどけた様子で放った兄の言葉に、マリーは顔を紅潮させて頷く。
すると兄は自身の財布を取り出しながら、露店の店主に言う。
「おじさん、この人形を下さい。おいくらですか?」
「お! 毎度あり。優しいお兄ちゃんを持って、良かったな嬢ちゃん。本当は十八ユーロなんだけど、今回は特別に十五ユーロにおまけしておくよ」
仲の良い兄妹のやり取りに気を良くした店主がおまけしてくれた様だ。
兄が代金を支払い、店主が赤髪の女の子の人形を妹マリーに手渡した。
マリーも嬉しそうに、その人形を受け取り大事そうに抱える。
「お兄ちゃん、ありが──」
マリーが兄へ感謝の言葉を伝えようとしたとき、突然目の前の情景が切り替わった。
◇ ◇ ◇
目の前には見知った街並み。しかし、その様子がおかしい。
いつもは賑やかな通りに、銃を持った兵士が数名歩いているだけ。
辺りを見回すと、戦車や軍用車両が見えた。
広場の周りにある住宅の窓は全て閉ざされていて、嫌な緊張感が漂っていた。
その場から逃げたい衝動に襲われるが、身体は動かない。
その時、マリーは気付いた。
これは時々見るやつだ。
触れたモノの記憶や、触れたモノが見せてくれる未来だと。
兄に買ってもらった人形が見せてくれている情景。
直感的にマリーは気付いた。これは、これから起きうる未来なのだと。
それを理解したマリーは、この情景から必要だと思われる情報をかき集める。
兵士の服装、掲げられている旗の模様、戦車の形、季節。
情報は多くはなかったが、それでも伝えるべき事柄は得た。
それからマリーは心の中で祈る。
『──お人形さん、ありがとう』
◇ ◇ ◇
赤髪の女の子の人形が伝えてきた情景が終わり、景色は元に戻った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
マリーは兄の顔を見つめ、笑顔で言った。
その笑顔は、やけに爽やかで、それでいて強い意志が込められたものだった。
兄もその様子に何かを感じた様で、店主に一言挨拶だけをして妹マリーの手を引き、その場を後にした。
マーケットが開催されている雑踏の中、二人の兄妹は時々互いの視線を合わせながら、広場から少し離れた場所へ歩を進めた。
「……この辺なら良いかな」
近くに他の人が居ないのを確認しながら、兄が呟くように口を開いた。
「マリー、何か見たんだね?」
「うん。このお人形さんが見せてくれたのー」
マリーは買ってもらった赤髪の女の子の人形をギュッと抱きしめながら答えた。
その言葉に兄は一つ頷き、マリーの顔を覗き込むように質問をする。
「それで、今回は何が見えたんだい?」
マリーは一つ一つ思い出しては確認する様に話し出す。
「まずね、兵隊さんが銃を持って広場にいたの。それでね、戦車とかトラックとかがあって、街のみんなはお家の中に隠れていたよー」
「きちんと見てきたんだね。マリーは偉いな」
マリーが伝えた話を聞きながら兄は笑顔でマリーの頭を優しく撫でた。
「それで、他に何か気付いた事はあったかい?」
「えーとね、旗が立ってた。黒い布に赤い炎が描かれていて、炎の両側に白い十字架があったよー。他にはねー、麦藁の束が荷車にたくさん載っていたから、収穫祭が終わった頃だと思うー」
マリーの情報の精緻さに驚いたように、兄は小さく何度か頷き、少し考えてから最後に一つ大きく頷いた。
「ありがとう、マリー。この事は父さんに伝えた方が良いと思うんだ。大丈夫かい?」
「うん、大丈夫ー。お父さんにお知らせしなきゃってマリーも思ってた」
「あはは、マリーは賢いな。それじゃ急いで帰ろうか」
それまで、やや硬い表情を浮かべていた兄妹だったが、帰路に着くころにはいつも通りの仲の良い柔らかな笑顔を取り戻していた。
「母さん、ただいま。父さんは居る?」
「あら、早かったわねアルベルト。マーケットは楽しんできたの?」
兄アルベルトの帰宅の声に、居間でくつろいでいた母は応えた。
「うん、マーケットは賑やかで楽しかったよ。でもちょっと用事を思い出して早めに帰って来たんだ」
「マリーもねー、楽しかったー! でもね、お父さんにお話しがあるから帰ってきたのー」
帰って来た二人の言葉に、母は少し顔を強張らせながら奥にある父の書斎を視線で示した。
この様な事態は今回が初めてではなかった。
身近で起きる事件の少し前、必ずと言って良いほど兄妹の様子が慌ただしくなる。
母はそのことを知っていた。
だからこそ、今回も何か良からぬことが起きるのではという心配が胸中を過ったのである。
(どうか、二人に如何なる災厄も訪れませんように……)
母は祈る様にしながら、父の書斎へと入って行く兄妹を見送った。
◇ ◇ ◇
書斎の扉を開け、兄アルベルトと妹マリーが父へ姿を見せる。この様に二人揃って、父親の前に立つことは不自然な事ではなかったが、二人の表情がいつもとは違う事に書斎の机越しの父は気付いた。
「お父さん、急なお話ですみません。少しだけよろしいですか?」
兄アルベルトの言葉に、父は頷き応える。
「マリーが何かを見たんだな。まあいい、そこに座りなさい。話を聞こう」
父の了承を得た二人は、書斎にあるソファに座る。
「それで、今回は何を見たんだい? マリー」
父の質問にマリーは、先程兄に伝えた事と同様の話をした。
そして、兄アルベルトは、話の中にあった旗の模様について付け加え説明をする。
「お父さん、黒地に炎と白十字の旗ということはアゴーニの一団だと思うのですが」
「アゴーニか、少し厄介だが手を回しておこう」
父は、兄アルベルトのもたらした情報に、整えられた口髭を撫でながら答えた。
アルベルトとマリーの兄妹は、軍属である父の言葉に最悪の事態は防げたと安堵した。
◇ ◇ ◇
そして、その年の秋。
国境付近で厳重警戒に当たっていた国防軍によって、武装勢力アゴーニの侵攻が防がれたという報があった。
互いに、それなりの損害は出たが一般人への被害がなかったのは不幸中の幸いと言うべきだった。
捕らえられたアゴーニの兵士によってもたらされた情報によると、国境から数キロ進んだ街にて化学兵器を使用すると脅し、その土地周辺の支配権を奪う作戦だったという。
化学兵器を使用する予定だったその街こそが、マリーとアルベルトの暮らす街だったのだ。
赤髪を後ろで結び、今日も兄と仲良く暮らす少女がいた。
少女の名は「マリー」。
彼女はその後、自身の特殊能力であるサイコメトリーとそこに由来する未来視を買われ、母国軍の特殊部隊へと身を置くことになる。
いつもお読み頂きありがとうございます。
今回の外伝はいかがでしたか?
兄アルベルトは今後、本編にも登場する予定となっています。
どうぞ次章もお楽しみに!




