魔王討伐編 終話 コンビニ店員は西へ向かった
ヒロシとマリー、そして石魔人トウロニギスが、魔王城と呼ばれている城から妖精王ヌーデルを救い出し、途中出会ったビエラ教官と合流した頃、エスダート王国では、ある異変が起きていた。
◇ ◇ ◇
「陛下、魔王討伐隊から早馬にて報告がありました」
エスダート王国国王、エスダール・グランキアム・エスダートの執務室。
そこに現れたのは、近衛兵長。
彼は怪訝な表情を隠しもせず、自らの主であるエスダール国王の下へと一歩前に出る。
「うむ、申してみよ」
近衛兵長の様子に眉をひそめ、エスダール国王は報告を促した。
「はっ。北の魔王ドルザーグ討伐隊は魔王城手前の林に本陣を敷き、来るべき決戦へと備えていたところ、突然現れた竜魔族と思われるドラゴンの急襲を受け壊滅。ドラゴンの数は約二十、王国騎士の損耗は八十五名。転移兵の安否は不明という報告が上がってまいりました」
突然の凶報を受けたエスダール国王は、渋面を浮かべ、しばし考えた後に口を開く。
「……うむ、分かった。生き残った騎士を救出し、事の詳細を聞きまとめ再度報告を上げよ。更に第三兵団を調査兵団として組織、竜魔族の動向に留意し現地の調査に当たる様、騎士団長及び軍務大臣に伝えよ」
「はっ、御意のままに」
エスダール国王の指示を受けた近衛兵長は、騎士の構えをとり一礼すると踵を返し、国王の執務室を後にする。
「これは大変なことになりましたな、陛下」
ふと聞こえた声に応じ、エスダール国王は側にいる文官、宰相へと視線を向ける。
国王の視線には怒気が孕んでおり、文官の長である宰相はその痩身をビクリと震わせた。
「貴様に言われずとも分かっておる。此度の事態、何故に起きたのかは奴らが一番理解しているだろう。手を貸すと言いながら、こちらの足を引っ張る様な事ばかりしおって」
その視線はすでに宰相には向いておらず、執務机の正面、何もない中空を凝視するのみ。
ふくよかではあるが威厳のある顔立ちを怒りに歪め、今にも呪詛を吐き出しそうに口元をヒクつかせている。
国王からの視線を外された宰相は、硬くなったその痩身から息を吐きだし、落ち着きを取り戻すと執務室内の様子の変化に気付く。
「……陛下、奴らの使者が来たようですな。幾分か瘴気が漂ってまいりました」
「あのクソ共め、我が王国の騎士を無駄死にさせおって。代償は高くつくものと教えてやらねばなるまい」
宰相の言葉にエスダール国王は、未だ姿を現さない使者に対して罵りを口にした。
エスダール国王の言葉の響きが、執務室内から消え去って間もなく、瘴気が部屋の中央付近に集まりその中から使者は姿を現した。
身に纏う瘴気のせいか、その姿の輪郭は判然とせず、目深に被った黒い外套のフードも相まって、どの様な容姿なのかを知ることは出来ない。
だが、エスダール国王はそれを怪しむこともなく目の前の使者に対して声を発した。
「此度の事、どう弁明する? 我が王国騎士の損耗は少なくないという報告が上がっておる。さすれば、貴様らとの協力関係も再考する必要があるように思えるのだがな」
怒気を孕みながらも、流石は一国の国王といった風体を保ちながらの言葉を受け、瘴気を纏った使者は静かに応える。
「……この度は我らも予期せぬ事態となりまして、陛下並びに王国騎士団に対して謝罪の言葉もありません」
使者の弱々しい声は、少年とも少女ともつかない幼さが残るものであった。しかし、その内容は決してその場にそぐわないものではなく自身の立場を弁えた言葉であった。
「ふん、貴様らの指示に従い、新たに街を一つ造り、多くの兵士を送った。これら全てに掛かった費用や人員、決して少ないものではないぞ。そして此度は竜魔族が絡んでいるというではないか。あんなモノに目を付けられては、国家存亡にも関わる事態。一体、どう埋め合わせをするというのだ?」
「……いえ、陛下。その御憂慮には及びません。エスダート王国による多大な御助力により、予定より早くお約束の品が出来上がりました。最早、竜魔族など敵ではございません」
使者の言葉に、エスダール国王は眉を上げ少しばかりの驚きを示す。
側に居る宰相は目を細め、それが事実なのかを疑う様に使者を見つめている。
「……どうぞ、ご安心下さい。我々の欲しい物はすでに魔王城……いえ、妖精王の居城から回収済みでございます。故にエスダール国王との契約も、この場にて履行となります」
「ほう、そういう事ならば何も言うまい。で、例の物はいつ用意できる?」
使者の言葉にエスダール国王は身を乗り出し、それまでの訝し気な態度を柔らかなものへと変えた。
「……はい、この後こちらへ運ばせる手筈になっております。今しばしお待ちを」
使者は国王と宰相に一礼すると、数歩下がり跪いた。
その姿を確認したエスダール国王は、宰相に向かい声を掛ける。
「ついに我らは、この力を手に入れこの半島から西進することが出来るのだな。山を砕き、大海をも干上がらせることの出来る力。この力を示せば従わぬ国はあるまい」
意気揚々とした国王の言葉に、宰相もやや興奮気味に応える。
「そうですな。エスダート王国の悲願でもあった西進。この畏怖は大陸全土に響き渡ることでしょう」
国王と宰相は互いに頷き合い、これからの方針について策を巡らせている。
隣国との力関係は言うに及ばず、エスダート王国のある半島の西に広がる広大な国家群。その全てを掌握できるだけの力をどのように振るうか。その力をどのように示すかを。
一通りの策謀を胸中に巡らせ終わったのか、宰相が口を開く。
「……それで使者よ、お主らの提供してくれる■■■とは、一体どの様な形状をしておるのだ?」
跪き、頭を垂れていた使者は、宰相の言葉に少しだけ頭を持ち上げ答える。
「……はい、一抱え程の大きさの金属で出来た瓢箪の様な形状をしております。ですが、宰相閣下に於かれましては、あのモノの名を口に出すのは些か憚られるものと具申いたします」
宰相へと向けられた返答であったが、それをエスダール国王が受け取った。
「おお、そうであったな。忌避されるモノ、その名称自体が呪詛となりえる。他の世界を何度も滅ぼした謂れのある恐怖を司るモノの名だ。宰相、お前も気を付けよ」
「ははっ」
宰相は自身の失態に身を竦ませ、国王に対して礼の姿勢を取った。
「……では、約束の物が到着した後は魔王討伐隊の解体及び、転移者の街を通常の街道宿場街へと変更することにしようか。それで良いな、宰相よ」
「はっ、御意のままに」
エスダール国王は忌避された名「■■■」の呪詛を払いのけるように、話題を変え宰相に伝えた。
すると、再び執務室内に瘴気の濃い部分が出来始め、使者が何やらブツブツと呟き始めた。
その呟きは次第に多くなり、部屋全体に響き渡る不可思議な読経の様になってゆく。
呟きの主たちは、その数を徐々に増しながら姿を現し円陣を成してゆく。
揃いの黒装束を身に付け瘴気を纏った者たちがおよそ十名。彼らの呟きが空間そのものを揺らすのではないかという程に響き渡り、円陣の中央にそれは現れた。
「こ、これが!!」
エスダール国王は執務机の上に登らんばかりの勢いで、身を乗り出し、そこに出現した■■■に目を見張る。
あれほど響き渡った呟きも、いつの間にか止み、それを囲むように跪く黒装束の者たち。
そして、数歩下がった位置で頭を垂れていた使者が立ち上がり、エスダート王国の国王エスダールに告げる。
「……お約束のモノ、確かにお届けいたしました」
「ああ、契約の品。確かに受け取った」
使者は国王の顔を一瞥すると、困った様な表情を浮かべ、再び口を開く。
「……しかし、陛下。これを御するに当たり、我々教団は貴方たちでは力不足と判断いたしました」
「なっ! それは、どういうことか?」
使者の言葉に対し、声の質を低くして恫喝する様に尋ねるエスダール国王。
側に居た宰相は、使者の言葉が不敬であると言わんばかりに、その顔を怒気に赤くした。
「……つまり、こういうことですよ」
使者が軽い態度でそう言うと、いつの間にか手にしていた黒く禍々しい雰囲気を放つ宝玉から魔力を伴った瘴気の奔流が噴出した。
「……!!!!」
放たれた瘴気は執務室内の全てを蹂躙し、身構える間も与えずエスダール国王と宰相を一息に飲み込んだ。
瘴気の闇に飲み込まれたのは執務室内に留まらず、王城そのものをも飲み込む勢いで、更に更に拡散してゆく。
然したる間もなく王城の全てが瘴気に覆われ、そこから更に溢れ出す魔力を伴った瘴気。
その勢力が治まったのは、城下町の全てと王都の約三分の二を飲み込んだ頃だった。
瘴気に飲み込まれた場所に生き物の気配は無く、其処には生命と呼ばれるモノは存在出来ないであろうことが分かる。
だが、不思議なことにそこには骸一つなく、ただただ瘴気だけが漂っている静寂な空間があった。
王城には常に瘴気が纏わり付き、この世の物とは思えない異質さを放っていた。
瘴気に覆われた城下町、先程までこの国の国王であるエスダールの執務室に居た黒装束の使者が一人立ち尽くし、ボソリと言葉を漏らした。
「……手始めとしては、上出来でしょう」
◇ ◇ ◇
林を抜けた一行は、一度王国騎士団の本陣があった場所まで戻り、輜重隊が残していったであろう補給物資を集め馬車に積み込んでいる。
本来ならば、焼け焦げた王国騎士団の亡骸が散在しており、それどころではなかったのだが、トウロの大地操作により地中へと弔うことが出来た。
俺たちは黙祷を捧げ、これからの道中に必要な物資を集めることに専念したのだった。
「よかったねーヒロシ。これで迷宮都市までの道中も安心だわー」
「ああ、ビエラ教官の情報がなければ、食料を調達しながら歩いていたんだからな」
そう、ビエラ教官と合流した後、馬や馬車、補給物資の一部が残っている事を知り、少し遠回りになるがここへ戻ってきたのだ。
また、この世界で目立ちすぎると懸念していた俺たちの服装も、補給物資の中にこちらの世界の衣類があったので、無事解決した。
あまり着心地は良くなかったが、悪目立ちするよりは良いだろう。今まで着ていた服も、一応荷物の中に同梱してある。寝間着に使えるかも知れないし。
「ヒロシちゃーん、こっちの積み込みは済んだわよ」
「あ、ありがとうございます。ビエラ教官」
「うーんもお。私はもう教官じゃないんだから、ビエラでいいわよ、ビエラで」
「え、あ、はい。ではビエラさんと呼ばせてもらいます」
「んふ、ヒロシちゃんありがと」
ビエラ教官、もといビエラさんとの他愛もない会話をしていると、トウロの方も準備が出来たみたいで、声を掛けてきた。
相変わらず、音声ではない"言葉"で、ではあるが。
『こちらも妖精王の輸送準備が整った。あまり、のんびりしている余裕はなかろう。そろそろ出発してはどうだ、ヒロシ殿』
「うん、こっちも準備できたよー」
"──これならば安心して迷宮都市までの道中を楽しめそうだ。感謝するぞビエラ殿"
トウロに続いてマリーも出発の支度が出来たことを伝え、石箱の中の妖精王ヌーデルも、担がれるよりも安定した馬車の荷台に固定され満足の様だ。
「んじゃ、出発……ん?」
俺は迷宮都市へ向かう一行の準備が整ったのを確認し、出発の号令を口にして、それが言い終わる寸前……俺とトウロは何かを感じた。何も反応はなかったが、妖精王も気付いただろう、この異様な雰囲気に。
ここよりずっと離れた場所。そこで何やら気持ちの悪い異様な雰囲気を感じ取ってしまったのだ。
そんなことを知らないマリーとビエラさんは、何事かと俺とトウロに視線を送る。
『ヒロシ殿、急ぎ此処から離れた方がよかろう』
「ああ、あれはかなりヤバイ、急ごう。事情は後で話すから、みんな出発だ」
そう、俺とトウロは魔力とは違う異質な力を転移者の街の更に遠方から感じ取っていたのだ。
その雰囲気は徐々にその支配域を広げつつあるように感じた。
バタバタと逃げるようにその場を立ち去り、西へ向かう俺たち。
一体何が起きたのか、その時の俺たちには知る由もなかった。
◇
その後、俺たち一行は馬車に揺られ街道を西に進んでいる。
トウロとビエラさんは御者台で格闘技談義を。
マリーは妖精王ヌーデルさんが入っている石箱にもたれ掛かり、ウトウト。
そして俺は馬車の後部に座りながら、東の空を眺めていた。
エスダート王国であった魔王討伐という一連の出来事を思い出し、それが一体何だったのか。
そんな事をぼんやり考えながら、答えも出さないままに彼の地があった空を眺めている。
徐々に薄暗くなる空には西日が照らす朱鷺色の雲がたなびいていた。
「魔王討伐編 おわり」
今話で「魔王討伐編」の終話となりました。
いかがでしたでしょうか?
初投稿作品ということで、右も左も分からない状態からのスタートでした。
こうしたらもっと良くなる、こういう表現は避けた方が良い等のアドバイス。
読んで面白かった部分や、分かりにくかった部分などの、感想を頂けるとこれからの活動の指針となります。どうぞ、振るってお寄せ下さい。
この後、一週間程度のお休みを頂いてからですが、次章が始まる前に、外伝などを挟んでいこうと思います。
今後ともどうぞご贔屓に宜しくお願い致します!
ではまた!!




