第29話 コンビニ店員は克服した
朝食……否、昼食の食材を採りに行っていたトウロだったが、何者かと戦闘を行っていたらしい。
そして、トウロの手には以前も食べたことのある足長ウサギという低級魔物があった。
たしか、あれは俺がこの世界に転移して初めて口にしたまともな食材だったはず。
足が長いウサギの魔物だから足長ウサギ、というネーミングセンスにガッカリさせられた素敵な記憶だ。
脂身が少なく、この世界の女性に人気な食材だという、いらない情報をトウロが教えてくれた様な気もするが、その辺は曖昧だ。
「あー美味しそうな足長ウサギだな。早く食べたいなー。早く調理してくれよ、トウロ」
「……」
「………」
「…………」
なぜか誰も反応してくれない。
どういうことだ? 止まった時間の中で俺だけが一人残され動けている状態なのか?
すると止まった時間の中、俺以外に動く存在があった。
反射的にそちらへ視線が動く。
──ギョッ!
俺は何事もなかったかのように視線を戻し、トウロに催促する。
「あー美味しそうな足長ウサギだな。早く食べたいなー。早く調理してくれよ、トウロ」
そして誰も反応することなく、ギョッとしては視線を戻し催促を何度も繰り返す。
『……ヒロシ殿、そろそろ諦めてはどうだ?』
「な、何を諦めろと?」
『いや、現実に目を向けるべきだと具申する』
「……」
俺が俯いていると、巨大な影が俺を覆う……ギョッ!
すると、巨大な影が話しかけてきた。
「ねえ、ねえ、ヒロシちゃん? どこか具合でも悪いんじゃないの? んふふ」
「観念しちゃいなよ、ヒロシー」
巨大な影と先程目覚めたマリーが、意味不明な事を言っている。
『うむ、流石にその態度は失礼にあたるぞヒロシ殿』
「ああ……」
結局俺は、トウロに窘められて現実世界へと引き戻された。
◇
「すみません。悪気はなかったのですが……」
俺は今、トウロの隣に立つ巨大な筋肉の鎧を纏い美しくメイクされた面貌を持つ存在に対して、頭を下げている。
そう、そこには転移者の街でお世話になったビエラ教官が居たのだ。
「んふ……大丈夫、そういう反応には慣れているから。心配いらないわよ ヒ ロ シ ち ゃ ん 」
転移者の街に居る時は、毎日の様に顔を合わせていたので問題なかったのだが、一度離れてしまうと免疫が薄れてしまったのか、その容貌にギョッとしてしまう。
いや、本当は良い人なんだけど。
俺は何とか動揺を抑え、トウロに尋ねる。
「……ところで、なぜビエラ教官とトウロが一緒に?」
『うむ。先程感知した人族のことが気になってな、少しばかり近付いた。すると我を魔物と判断したビエラ殿が、有無を言わさず攻撃してきた』
「そうよ、こんなゴーレムみたいなのがヒロシちゃんの知り合いだなんて思わないから速攻で倒してしまおうと思ったんだけど、トウロさんったら凄く強くて、あっという間に組み伏せられて……慰み者にされる!って観念しちゃったわよ。んふふ」
『慰み者にする気は毛頭なかったのだがな……まあ、一方的ではあるが我はビエラ殿を知っていたので、事の次第を説明した』
「それでね、ヒロシちゃんとマリーの知り合いだって聞かされた時はビックリしたわよ。でも、お陰で合流できたんだから良かったのかもしれないわね」
大体の事情は分かった。しかし……
「ビエラ教官、たしか魔王討伐隊の出陣のときに見送りしてくれてましたよね。なのになぜ魔王城の近くに居るんですか?」
俺は率直な疑問をビエラ教官にぶつけてみた。
すると、ビエラ教官はこともなげに答える。
「んー、何て言うのかしら。虫の知らせ? みたいなのを感じて、後続の輜重隊の補給物資に便乗してここまで来たの」
「でもさー、王国騎士団はドラゴンにやられちゃったはずだけど、教官は大丈夫だったのー?」
俺もその疑問を考えたが、ビエラ教官ならもしかしてドラゴンの群れを一蹴したのではという勝手な結論を脳内に描いていたところで、マリーがビエラ教官に尋ねた。
「そうなのよ。輜重隊が着いたときには辺り一面焼け野原で、どうしたものかと思っていたら、いきなりドラゴンに襲われたわ。でもね、どういうわけか私だけ逃げ延びられたの。他の騎士のお兄さん達は追撃されていたんだけど、私の事は無視。もう、ドラゴンにも嫌われたと思って悲しかったわよ」
ビエラ教官は、その時の様子を巨躯を揺らしながら身振り手振りで説明してくれた。
うん、流石にドラゴンからは逃げるよな。
襲って来たドラゴンを、ちぎっては投げちぎっては投げするビエラ教官を脳内に描いて、すみませんでした。口には出さないけど。
『それは僥倖であったな、ビエラ殿。あ奴らは魔力感知で獲物を判別しておる。ブレスレットで魔力を封じられておる故、感知の範囲外であったのだろう』
「なるほどね。じゃあ、貴方たちも?」
「あ、はい。俺たち召喚組は上手く逃げることができました。まあ、俺とマリー以外は魔王城から無事に元の世界に転移したみたいですけど」
俺が頭をポリポリ掻きながら応えると、ビエラ教官は少し考えてから言う。
「そうなのね……みんな帰れたのね。それは良かった」
その表情は、ほんの僅かの安心と多くの寂しさを思わせた。
ビエラ教官も帰りたかったのだろうか。もしくはこっちの世界で、もっと一緒に居たかったのだろうか。それは、今の俺には推し量ることは出来なかった。
「それでさー、教官はこれからどうするの?」
マリーはいつもの調子で、これからの事を口にする。
『うむ。ビエラ殿、我らはこれからここから西にある迷宮都市へと向かうが、お主はどうする?』
続いて、トウロもビエラ教官に対して同行するか否かを問う。
「そうね、ヒロシちゃんと離れるのは寂しすぎて胸が張り裂けちゃうかも」
ビエラ教官がそう言うと、トウロは俺に向き直り言う。
『どうやら、そういうことらしいがヒロシ殿。問題あるまいな』
見た目はちょっとアレだけど、ビエラ教官は信用に値する人物だと思える。
常に俺たちの事を案じ、虫の知らせを信じて自身の立場を放棄してでも守ろうと奔走する姿勢。
ここまでされて、拒否する理由はない。
「ああ、トウロ。ビエラ教官に同行してもらえるなら百人力だ」
「あら、ヒロシちゃん。私に惚れちゃだめだからねー」
……ぐぬぬ。
何か嬉しそうな表情で俺に向かいクネクネしているビエラ教官。
何はともあれ、俺とマリーとトウロ。トウロに担がれた石箱の妖精王。そして新たに加わったビエラ教官。
少し大所帯になった気もするが、色んな意味で頼りがいのある仲間が加わった。
俺はそんな仲間の顔を見回し言う。
「さあ、ここから西にある迷宮都市へ行こう!!」
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