第16話 コンビニ店員は祈る
───時は少しだけ遡る。
『ヒロシ殿、急ぎ伝えたいことがある!起きられよ!!』
もう起床の時間なのか? などとぼんやり考えながら、それでもトウロの俺にだけ聞こえる"言葉"が尋常ではない勢いで何かを伝えようとしているのを感じ、急ぎ意識を覚醒させる。
「どうしたんだ? まだ空は真っ暗だぞ」
俺は小声でトウロに答えた。
『竜魔族がこちらに接近している。我の魔力感知に引っかかった。敵は近いぞ、猶予はない。今すぐこの場から離れよ!』
竜魔族がこっちに? 突然の出来事に到底理解などできるはずもなかった。が、トウロの慌て方がいつもと違うのを感じ、俺は急いで立ち上がり辺りを見回す。
すると少し離れた場所で、マリーが召喚された兵士たちを叩き起こしているのが見えた。
「マリーが何で?」
俺がボソリと呟いた一言にトウロが答える。
『うむ。マリー殿には先程、念話を飛ばして状況を伝えた。軍属の扱いに長けている様だったので、他の者たちへの指示は貴女に任せたのじゃ』
なるほど。俺はトウロの話を聞きながら、頭の中を整理して今ある状況を把握した。取り急ぎこの場から離れ、竜魔族からの襲撃を避ける必要がある。
「わかった。で、どっちの方向に避難すればいい?」
『竜魔族は魔力感知で敵を察知する。ならば、最初に襲うのは王国騎士らが居る本陣であろう。それとは逆の方へ向かえば良い』
そうか、俺や召喚された兵士たちには魔力封じのブレスレットがあるから、竜魔族には察知されにくいということか。
幸い、王国騎士団が張っている魔王討伐本陣と俺たち召喚された者たちの宿営陣とは一定の距離がある。急げば、上手く避難できるかも知れない。
じゃあ、この事をマリーにも伝えなけれ……
『マリー殿には避難先を伝えてある。ヒロシ殿はマリー殿が率いる集団と共に避難すれば良いであろう』
「……あ、ああ分かった」
さすがトウロ。手回しが早い。
若干の劣等感を抱えつつも再び辺りを見回し、ほとんどの召喚された兵士が目を覚まして、避難をする準備をしているのを確認した。
マリーもそれぞれの部隊長と何やら話を始めていた。俺もその一団に合流し、情報の共有をする。
一通りの話が終わり、マリーが避難誘導をすることになった。
そこで俺は思った。魔王討伐本陣に残されたエスダート王国の騎士たちはどうなるのか、と。
彼らは魔力封じのブレスレットをしていない。だから、俺たちは竜魔族の魔力感知から逃れ避難できる。それは分かっている。
しかし……
短い期間ではあったが、同じ街で一緒に過ごしてきた。仲間意識とまではいかないが、それでも行動を共にしてきた者たち。
まさか放置して俺たちだけで逃げるとでもいうのか。
いや、俺達にはトウロがいる。俺が転移でこの世界に飛ばされたその日、森を抜けたところで襲ってきた竜魔族をトウロは倒したじゃないか。トウロなら何とか出来るんじゃないか。
トウロなら『我に任せろ!ハーハハハハハハ!』と快諾してくれるはず。俺は、そう信じて小声でトウロに頼んでみる。
「なあトウロ。今こっちに向かって来ている竜魔族を倒して欲しいんだけど」
しかし、その答えは。
『───無理だ!』
いつになく力強い語勢でトウロは言った。
その"言葉"は俺の頭の中を震わせ、一瞬思考を停止させる程の力強い意思を孕んでいた。
───なぜだ!
思考停止から立ち直り、俺の意識に一番最初に浮かんだ言葉。そしてそれを口にしてトウロに問いただそうとしたその時だった。
少し離れた場所に設置された魔王討伐隊本陣に異変が起こった。
漆黒の空から幾筋もの閃光が本陣に向かって伸びている。その閃光は瞬く間に本陣を舐め尽くし、焼き尽くしてゆく。
そして燃え盛る本陣の業火に映し出された空の異形たち。
巨大な体躯をくねらせ、それはまるで愉快な遊戯をしている様にも見えた。
「……ドラゴン」
俺は息を呑み、不意に呟いた。
ドラゴンを見るのは初めてではない。一体で襲って来たときも恐怖は感じた。しかし、今回は数が違う。
圧倒的な暴力を振りまき、空を縦横無尽に行き交い地上の全てを焼き尽くさんとするドラゴンが二十体以上。
トウロはこの事に気付いていたのか。
一見、落ち着いている様子のトウロの声色だが、そこには若干の悲壮感の様なものが混ざっている様にも感じた。
トウロにですら対処できない状況であるという事をそのとき理解した。
「分かった、避難しよう」
あれではエスダート王国騎士団は壊滅だろう。ましてや、そこに俺たちが参戦したところで、被害は広がる一方だ。
俺は、マリーが誘導している召喚された兵士たちと急ぎ合流して、避難の途に就いた。
◇ ◇ ◇
「よし。ここで一度休憩を取る!!」
召喚された兵士たちと俺は、ドラゴン襲来と同時に避難を始めた。そして身を隠しながら歩き続けること数時間。
魔王討伐隊本陣が炎に焼かれ、空に舞うドラゴンの猛威に恐怖しながらの行軍だった。数はおよそ四百名。通常の状態とは異なる精神状態での行軍に多くの兵士が疲弊しているのが見て取れた。
日も上り始め、森の木々の隙間から陽光が筋となって降り注ぐ。
互いの顔を見つめ、何が起きたのか。我々はこれからどうなるのか。そういった感情を隠しもせず、一団は各々が各々の休むべき処に体をうずめた。
俺は本陣があった方角を眺める。
明るくなりつつある空には、遥か遠方に幾本かの煙がたなびいてた。すでにドラゴンの姿はなく、いまのところ脅威となる存在がいないことを確認した。
ふと思い返すのは、本陣で犠牲になったエスダート王国の騎士団たちの事。百名近いの騎士がそこには居たはずだった。俺たちは何も出来ずに避難してきた。後ろめたさと、無力感が胸の中からじわじわと湧き出るのを感じる。
『……仕方あるまい。あの状況では手の打ちようがなかった』
俺の感情の流れを察したのか、腕輪モードのトウロが俺にしか聞こえない"言葉"で話しかけてきた。
俺はその言葉に、一度間を置いてから頷いた。
気持ちを切り替え、これからやらなければならない事をすべきなのだろうけど、どうも上手くいかない。
胸中から湧き出る感情が、冷静な判断を阻害している。そんな状態なのだと、俺自身が理解している。
マリーは真剣な表情を浮かべながら、数名の部隊長らしき人達と何やら話をしている様だ。
───軍人さんは凄いな。
俺の素直な感想だ。平和な日本のコンビニ店員とはメンタルの鍛え方が違うんだろうな。多くの人の死という現実を目の当たりにして、それでも気丈に振舞える。羨ましいなどとは微塵も思わないが、それがこういう場面では必要だということは十分理解できた。
でなければ、俺たちはここまで避難できなかったのだ。
そこまで思考したところで、胸中から湧き上がる感情も大分収まってきた。
少しだけ冷静になったところで、俺はトウロに小声で尋ねる。
「なあ、トウロ。避難先をマリーに伝えたって言ってたけど、どこへ避難するんだ?」
『妖精王の居城だ。いや、今は魔王城と呼ばれておるのだな。そこへ繋がる地下通路があるのだが、正確にはその入り口に向かい移動しておる』
「なぜ魔王城?」
俺は避難先が魔王城であることの真意が分からず、疑問をそのまま言葉にしてトウロに尋ねた。
『理由は簡単じゃ、竜魔族どもはあの巨体故、城内には入れまい。ならば奴らに見つかり辛い地下通路を通り、城内に侵入するのが得策。更に地下通路は元々秘匿されておってな、簡単には見つからないはず。ならば魔王とやらの手下と遭遇する可能性も低いという事じゃ。見事な策であろう!』
そうか、トウロは魔王城に何度か来ていると言っていた。秘匿されている地下通路の事を何故知っているのかという疑問はあるが、今はそれどころではない。
「つまり、マリーがそこへ案内してくれているということで良いんだよな?」
『うむ、その通りじゃ。あと半日も行けば入り口までは到着するだろう』
「そうか、ありがとうトウロ……」
俺はトウロとの確認事項を終えると、再び本陣があったはずの空に薄くたなびく煙の幾筋に向かい静かに黙祷した。
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※今回、間違って1日早く投稿してしまいました。申し訳ありません。次話の投稿は土曜日となります。




