第1話 コンビニ店員異世界へ
朝の涼やかな空気の中、深夜コンビニのバイトが終わり、自転車を走らせ帰路に就く。
空は徐々に明るさを主張し、雲が少しだけキラキラして仕事終わりの目に染みてくる。
そして当然の如く襲い来る睡魔。
──眠い。とてつもなく眠い。
そんな睡魔に抗いながら、フワフワした意識のまましばらく走っていると、いつの間にか視界への意識が薄くなる。
自転車のハンドルがフラフラし始めハッとする。
人通りが少ない時間帯なので事なきを得たものの、危険であることに変わりはない。何度も何度もキツイ瞬きをして意識を呼び戻す。
「ふぅ、危なかった……」
そんな、うたた寝を繰り返しながら帰路を進めていると、そいつは突然俺が乗る自転車の前輪を襲ってきた。
ガンッ!
前輪のリムが歪むのではないかという程の衝撃が両腕に伝わり、前カゴの中に入れてあった朝食用のコンビニ弁当がふわりと宙に舞う。
「うわっ!!」
その直後、強制停車させられた自転車ごと慣性の法則のままに全身が前方へと投げ出される。
「ああ、転んだら痛いだろうな……」と、今となっては意味のない言葉が脳裏をよぎる。
そして視界には前カゴから投げ出されたコンビニ弁当入りの袋と……
「え?何アレ?」
そこには俺を襲ったであろう物体があった。
大きな石。アスファルトの路上に半分程度埋まっていると思われる状態で鎮座していた。
直径一メートルはあろうかという大きく黒い石。表面はゴツゴツしていて直接これにぶつかったのなら擦り傷程度では済まないだろう。
「何でこんなところに石があるんだよ!!」
空中での浮遊感を味わいながら、なかなか現状に追い付いていかない思考を直後に起きうるであろう非常事態に向けて集中させる。
人は自身が危機的状況に置かれるとパニックに陥ると思っていたが、そうでもない様だ。実際、俺は今までにないくらい冷静に判断できる感じがする。
──いや、そんな感じがするだけなのかも知れないが。
次に視界に飛び込んできたのは、大きな石に衝突した衝撃で予想通り歪んでしまった前輪だ。うわっ、修理代が高くつきそうだ。
そんな思考に囚われている間に、俺の手は自転車のハンドルとお別れしていた。
自転車よりも質量の大きな人間の身体の方が、運動エネルギーは大きいのだから仕方ない。
自転車を置き去りにして、空中に投げ出され大きく回転する俺の身体。
その体勢はいつの間にか仰向けになり、空を眺める形になっていた。
眼前に広がる空。薄くたなびく雲が朝日を浴びて美しい……。
あ!受け身を取らなければ。でも、どうやって? 間に合うのか?
クソッ余計な事を考えすぎた。俺は全てを諦め、次に来るであろう地面への衝突を固く目を閉じて覚悟した。
「……」
「…………」
「………………」
来ない? 衝撃が……来ない?
時間が止まったのか? と、根拠のない理由を思い浮かべ思案すること数秒。
次の瞬間、軽い衝撃が背中を襲う。
「うっ!」
仰向けのまま地面に落ちた。多少の痛みはあるがそれ程ではない。
アスファルトの路上に衝突したはずなのに背中には湿度を含んだ優しい感触がある。
大きな衝撃に耐えるため固く閉じていた瞼を開けて状況を確認する。
先程まで見えていた建物越しの空とそこに薄くたなびいていた雲がない。
代わりに多数の大きな樹木が茂らせている深い緑色が目の前の空を埋め尽くしている。
少しの木漏れ日がかろうじて周辺の地面に届いている程度だ。
──しばし呆然とする。
状況は把握した……と、思う。
理解は全くできていない。
「……森だな」
自身の落ち着きを取り戻そうと、不意に独り言が出た。
すると自身の声に反応する様に聴覚も仕事を始めだした。ジワジワという何か虫の様な鳴き声。
葉が擦れている音が聞こえるということは弱い風が吹いているのだろうと理解できた。
森なのは分かった。で、一体ここはどこなんだ?
バイト帰りに自転車で派手に転倒して落ちたところがアスファルトではなく森の中。夢の中なのか? 打ち所が悪くてあの世にでも来てしまったか?
痛覚と視覚、聴覚は生きている。思考も出来る様なので頭の方も問題ないだろう。
他の肢体はどうだろう。首は動く。指も腕も問題なく動く。足も無事の様だ。
四肢の無事を確認したところで片足の膝を曲げ、肘をついて湿った地面と上半身を引き剥がす。
辺りを見回して再度、ここは森であるということを確認する。
見たことのない景色。知らない植物。 然して植物に造詣が深いというわけでもないが色合いや形状が妙に禍々しい。
次に自身の身体の状態を確認する。
痛みは殆どないが、衣服はどうか……大丈夫なようである。
黒い長袖のTシャツの上に明るい灰色の半袖のポロシャツ、若干ユーズド加工されたジーパン。
どれも破れたり酷い汚れがあったりということはなさそうだ。
俺は一応の確認を終えると立ち上がり、更なる状況確認のため目に付く情報を集めることにした。
今回1話目ということもあり、短めの序文的な意味合いで投稿させて頂きました。
次話より今話の2倍程度の文章量となります。
読みやすい、面白そうだなと思って頂ければブックマーク・評価のほど、よろしくお願いいします。