風の講義
『お帰り舞愛』
机に向かい読書していた御風神理は、本を閉じた。彼は、舞愛の父親であり御風神家の養子である。特異な力を持ち、その力を隠す御風神家は、養子縁組しか認めていない。
机に近付いた舞愛は、笑顔で返事をする。
「ただいまパパ、今日は早いのね」
『大学の講義が早く済んだんだよ、何か用事が有るのかい?』
「あのね、風にお願いしても中々大きく飛べなくて」
『それは、ママやお義母さんに聞くべきじゃないのかな?』
魔法など、一切使えない理は、困った顔をする。
「そうじゃ無いの、弱い風を強くする方法をもっと知りたいの、ママは、普段使って無いから忙しいって言うし、嵐子は魔力の修行修行って、うるさいし…………」
『嵐お婆様と言わないと駄目だよ』
「だって」
舞愛は、やるせない顔を見せる。
「パパ、違うのよ、嵐子に婆ちゃんとか婆様というと凄い怒るのよ」
『……そうなんだ、それなら仕方無いね。風の力と言ってたよね』
「うん」
理は、ノートに人形を書く。
『コレが、舞愛だとするよ』
「可愛い、コレ私?」
『まだ話の途中だよ、舞愛の身体では、 風を受ける面積が少ないから翼面荷重が小さいんだよ』
「娘にデブになって欲しいの?」
理は、落ち着いて続ける。
『そうでは無いよ、大きい衣服を着るか風力を受ける面積が大きい物に乗る。若しくは、グライダーのように、ぶら下がる方法はどうかな?』
「ええ~他には無いの?」
理が、絶対に何かしら方法を知っていると踏んで舞愛は、駄々をこねる。
『パパの解釈を言うよ。風という現象を考えると空気は温まると膨張して軽くなり、上に上がっていく性質。それが上昇気流で、反対に冷えると小さく縮小して重くなり、下に下がっていく性質を下降気流と理解しているんだ。この空気の流れが対流で、この地球規模の対流によって空気が動くのが風と認識している。そして、上昇気流が出来る所は、低気圧に成り下降気流が出来る所は、低気圧に成って風に影響を与えるという現象が起きる』
ポカンとする舞愛を、置き去りにして理は続ける。
『スペースシャトルが、地球に戻って来ると機体が焼けてるのは、知ってるかい?』
「何となくだけど、大気圏の空気の摩擦熱が熱くて?」
『摩擦熱では無いんだよ。チョット難しくなるよ。気体はギューッと潰すと熱が発生し、引き延ばすと冷えるという性質があるんだ。帰還時に超高速で大気圏に突入するスペースシャトルは、すごい勢いで前方の空気を押し潰すと、押しつぶされた空気中の分子同士が、激しくぶつかり合って熱が発生するんだよ。その熱を断熱圧縮と言うんだ。』
「難しいよ~」
自分で聞いておいて、難しくなると愚図るワガママな娘に優しく講義を続ける。
『もう少しだから聞いて、圧縮された空気は熱くなる。その熱を外に逃がすようにして、圧縮された空気を急激に膨張させると逆に周囲の熱をうばって冷やすことが出来る』
理は人指し指を立てる。
『パパの指先の空気をゆっくり圧縮して固められるかい?』
「やってみる」
理の指先は熱を帯び赤らむ。
「ストップ、ストップ、十分熱いよ、完全に空気を遮断してるんだね、凄い凄い」
「う~ん、それが風と何の関係が?」
圧縮固定を解除した舞愛は、首を軽く捻る。
『今、圧縮されて熱を持った空気は、上空に上がって行こうとする力が生まれていた筈だよ。急激に圧縮していたら火傷していたよ』
理は、机の上のペットボトルの蓋に水を少し垂らした。
「何するの?」
『舞愛は、空気を操作出来るんだよね。水を1滴垂らすから、空中で固定して欲しい』
「うん、簡単よ垂らしてみて」
理が水を1滴垂らすと、途中で持ち上がりフヨフヨと浮いて止まった。
『少し離れて、この水滴を空気ごと圧縮していって欲しい』
「いくわよ」
御風神舞愛が、ゆっくり力を込めると少しづつ水滴は、小さくなり沸騰すると━━━━爆発した。
「バッシュア!」
「キャアッ」
加湿器のような温かい、水蒸気が部屋中に拡がった。
『室内でやる事じゃ無かったね。蒸発した水滴が1700倍に膨張したんだよ。 気体が温度を上げる事よりも、液体が気体に状態が変化するときのほうが、格段に熱の出入りが大きいエネルギーを生み出すんだ』
「ビックリしたぁ、最初に言ってよ、もう」
『まぁまぁ、この膨張爆発の力が、大きい風を生み出す事は、解って貰えたかな?』
「パパ、凄い、コレ遣えるわ」
舞愛は、喜びを露にする。それとは逆に理は口が重い。
『……パパはね、舞愛が、生身で飛ぶことに賛成出来ないんだよ。空からの墜落やビルや高圧線への接触事故が心配でね、保険的な物を所持して欲しい』
「例えば?」
『バイクのヘルメットやスキーウェアを着てくれると、衝突時に衝撃が和らぐよ』
「う~ん、考えてみる、他に何か有る?」
舞愛は、前のめりになる。理は、押しに負けてデスクの引き出しから黒い棒のような物を取り出す。
『持ってごらん、10万円近いパパの秘蔵の品だよ』
「鉄? 重いわね、この棒が10万するの?」
『ママには内緒だよ。拡げてごらん』
舞愛が、棒を拡げると扇子になった。
「扇子?」
『そうだよ、鉄扇というんだ。正式名称は、京都極西扇骨というんだよ』
「それで、どう使うの?」
『舞愛が、風に力を与えられるなら、自分で創り出した風に力を与える事で相乗効果の力になると思う。進行方向に向けて振るだけで、落下や衝突を回避出来るんじゃないかな。膨張爆発をブレーキに使うのは危険だからね』
|舞愛《まう》は、首を傾げて質問する。
「家にも団扇が有るのに、何で鉄扇なの」
『舞愛が、空中を移動する時の大きな力に紙や竹では、耐えられなくて壊れて仕舞うよ。落として人に当たったら死んで仕舞うから、スマホみたいに落下防止の紐を付けて携帯して欲しい、ママには内緒だよ。』
「えっ? くれるの? 嬉しいパパありがとう」
舞愛は、理に抱き付いた。父親の威厳を保った理の気分は急激に良くなる。
『それでね舞愛扇子には、歴史があるんだ。平安時代から使われていて、土方歳三が鉄扇を愛用していたんだよ。義兄の佐藤彦五郎さんの使った鉄扇より……』
「パパありがとね~」
御風神舞愛は、既に部屋から退出して廊下に居た。
『舞愛、まだ話の………』
理の威厳は何処に吹くのか。
『全く、甘いんだから……』
廊下を走る舞愛を見た、母親の御風神真朱は、溜め息と共に呟いた。