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空の音色  作者: 藍樹
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風の通学

「うわぁ、間に合わない」


 少女は、タオルで濡れた長い黒髪を挟んで緩く拭きながら、歯ブラシを銜えてバタバタと急いでいた。


『ママは、何回も起こしました。悪しからずぅ』


 5度寝をして仕舞い慌てる中学3年生御風神(みかざみわ)

舞愛まうは、2階の階段上から大きめのビー玉を2つ階段の下に投げて飛び乗った。


 高速回転するビー玉の回りをマグナス効果で、風が激しく回り御風神舞愛(みかざみわ まう)を受け止めると静かに階段下に下ろしていく。靴下とビー玉の隙間には、薄い空気の層があり摩擦熱は発生していない。


「痛ぁ、でもこの痛いのが、身体にいいのよね多分」


 足の裏の痛みにンッと言い堪える。床にまだ落ちず回転してるビー玉を掴むとポケットに忍ばせ玄関に小走りで向かう。2階の階段から、少女の母親がため息をついて娘に忠告する。


『外で使ったら、ダメなのよ~』

「解ってるわよ」


 後ろ手でパタンと扉を閉めると、スカートをお尻の下に入れて自転車に股がり出発する。そして、ペダルに思い切り力を入れてるフリ(・・)をする。


 自転車は初速から、もの凄い速さで走り出す。まるで風に押され風の抵抗など無いように疾走する。


「ふっふー私の道、私の風」


 実際にダウンフォースや空気抵抗を一才受けずに進んでいく。しかも、追い風を受けながらプロ自転車レーサーのエチェバリア乗りやスクーターと同じ速さで進んでいく。


 濡れた髪は、一切乱れず既に乾いていた。


 母親の言い付けなど悪気なく守らない。いつもの風景。


 普通なら、絶対に間に合わない時間に家を出たにも関わらず、通学電車に間に合って、いや、間に合わせてしまう。


 ホームを歩く彼女は、強烈な電車の風を受けてもスカートが、捲り上がる事もはためく事も無い。黒曜石のような瞳には、一点の曇りもなく涼やかな表情で前だけを見ている。


 彼女の周囲の不思議な現象は、魔法と呼ばれているものである。彼女は、由緒正しい魔女直系の娘であった。


 思うだけで風が起こり、願うだけで気圧も変化していく、まるで風の精霊達が力を貸してくれるように。


「5度寝は、かなりバッドだったわね」

『まー、遅いわよギッリッギリよ』

「ごめーんミッチ、布団が温か過ぎて困ってるの、許してあげてマル」

『そんな事、言ってると乗り遅れるわよ』


 ホームの壁に依り掛かり頬を膨らます、綾見稚子(あやみわかこ)は、いつも待たされる側である。

 遅刻しても本気で怒ったことは、1度もないおっとりした彼女は、舞愛(まう)の大親友だ。

 無事目的の電車に乗り込んだ。いつもの満員電車の中では、たわいの無い世間話をする。


「靴下の匂い、イケテる時が有るんだけど」

『ないよーそれより、うちのミホがさあ、朝御飯ポテトチップス一袋だけ置いておいて、パパのとこに入り浸ってんの酷くない?』

「それ有りー無しーみたいな?」

『西郷隆盛って犬の呪いで石にされたんだって(笑)』

「マジウケルwダサ過ぎ(笑)西郷隆盛って誰?」

 

 他愛ない話で盛り上がる車内に窓ガラスから、朝陽が強く差し込み平等に照らしていく。


「━━━!」


 御風神(みかざみわ)舞愛(まう)は、電車の中で不審な男を見つけた。

 その男は、老婦人のトートバッグに、後ろからゆっくり指を入れ長財布を抜き取ろうとしていた。


 御風神舞愛(みかざみわ まう)は、スクールバックを漁り、お弁当の包みからピンク色のクマの爪楊枝を見えないように取り出す。


「ミッチ、あの人イケメンじゃね?」

『えっどこ?どこ?』


(行って)


 爪楊枝は、手からすり抜けると弾丸のように飛んでいき、男の中指に深く突き刺さり、ピンクのクマがビヨヨンと揺れた。


『痛えっ!?』


 男の声と共に長財布が床に落ちて小銭が散らばると、老婦人は振り向き事の次第を知った。


『私の財布? ど、泥棒ーー!』


 手を押さえた男は、周囲の乗客が取り押さえ駅員に引き渡された。


『さっきの泥棒、痛がってなかった? 可哀想』

「えっ見てなかった、泥棒って死刑でしょ? 早く学校に行こうよ、あそこのドラッグストアーでリップ3割引らしいよ」

『半額じゃん、すこ』


 同じ学校の生徒達が、改札から熱帯魚のように飛び出していく。熱帯魚達に交ざり通学路を進んでいくと学校の西洋式で青銅色の門が、桜並木の先に見えてくる。


『|先生、おはようございま~す」』

『おはよう』


 そよ風に送られた2人は、中学校の校舎に吸い込まれて行った。


**


 ━━━━━御風神舞愛(みかざみわ まう)の通う松籟(しょうらい)女学園は、丘の上から海が見え佇んで居れば心地好い潮風の匂いが流れてくる。


 2限の理科の授業終了のチャイムが鳴り教師が出ていくと、一斉に小鳥の大群の囀りが開放される。


 小鳥の1羽である御風神舞愛(みかざみわ まう)が、教師の後を追い理科室の横で呼び止める。


「先生、飛行機が飛ぶためには重力、翼が生み出す揚力、抗力 (空気抵抗)のバランスの釣り合いで良いんですか?」


 薄い茶色のカーディガンを羽織る20代の教師は、にこやかに眼鏡を上げると説明する。


『エンジンが、生み出す推力が抜けてるね』

「推力ですか~?」

『移動する物体を、進行方向に推し進める力のことだよ、推進力とも言うね』

「先生有難う」


 笑顔で手を振ると教師は、頷いて職員室に戻っていった。教室に戻ると、意味有り気に此方を見つめる綾見稚子(あやみわかこ)を見付ける。


「なによーミッチ」

『質問しに行くなんて、もしかして、星野に気が有ったりなんかして?』

「無いわよキモッ」

『てかさ、授業中、腕のムダ毛抜いてたら、星野に睨まれたんだけど』

「それヤバいね、無いね」


 学校では大人しくしている御風神舞愛(みかざみわ まう)の筈だが、空気を操作していた。窓枠に干してある靴下の臭いが来ないように外に向けて風を流していた。

 ずっとやっていると、疲れて眠くなり授業中に眠るという悪循環に陥っていた。


 御風神舞愛(みかざみわ まう)は、学校を終え帰宅すると、玄関に黒い革靴を見つけた。廊下の奥の扉をノックしてから入る。


『お帰り舞愛(まう)


 机に向かい読書していた御風神理(みかざみわ おさむ)は、本を閉じた。

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